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2010年10月 9日 (土)

戦国時代の人使いから

戦国大名の朝倉家を支えた朝倉教景は、亡くなる数年前に『朝倉宗滴話記』を記した。その中で、戦国の人使いのうまい者として、七名挙げている。その七名とは、今川義元、武田晴信(信玄)、三好修理大夫(長慶)、長尾輝虎(謙信)、毛利元就、織田信長、正木大膳亮だ。

彼は朝倉家のライバルたちをよく観察したのだろう。彼は、朝倉家に将来、危機を及ぼすライバルを知っていた。彼らは、それぞれに人使いがうまく、結局、それが彼らを成功に導いている。敏景も、そのことをひしひしと感じていたのだろう。

朝倉家の将来に一抹の不安を感じていたのかもしれない。他家に比べて、人材の使い方に危うさを感じていたのかもしれない。その予見は当たり、彼の死後、朝倉家は、信長に滅ぼされる。

朝倉家に、何が欠けていたのか。残念ながら浅学な流風にはわからない。ただ言えることは、人を使うには、きちんとした組織と、それを運営する仕組みが必要だ。人事は、その中で重要な意味を持つ。こういうシステムを作ることが、中途半端では成功は覚束ない。

また、俗に女たらしというのがいるが、人たらしというのもいる。人たらしは、人間が好きだから、女たらしに通ずるものがあるかもしれない。彼らの発する言葉は心地よいので、ついつい騙されてしまう。あるいは同意させられてしまう。

日本で有名なのは、豊臣秀吉だ。彼は長い間、下積みの時代があるから、人の機微に通じていた。相手の心の動きに合わせて、気持ちのよい言葉を発していたから、皆、気持ちがいい。その結果、彼の意見に最終的に同じる。それゆえ、人たらしと言われたのであろう。

以上のことから見えることは、今でもそうだが、最終的に、事業は人だということ。それには、人を動かすには、システム(組織と運営)に加えて、人の情を加えれば、大業が成るということだろう。人を使うというのは、あるゆる組織で、もっと真剣に考えられていいはずだ。

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