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2010年11月26日 (金)

税制改革2011 所得税私見

本来、国や地方のことは、国会や行政府が考えてくれればいいのだが、今は、一般国民が心配したくなる環境だ。いずれ彼らの失政のツケは、国民負担と言う形で回ってくるのは間違いない。流風も、拙ブログで、税制に関して、取り上げたが、ここで、もう一度、記してみたい。今回は所得税。

まず所得税は、バブルからバブル崩壊にかけて、経済状況とはタイムラグを伴いながら、時の政府が、税制をいじった。そして、それは、経済状況が変わった現在も、その所得税制は残って、他の税同様、歪んでいるのは確かだ。

現在は経済は良くないとは言いながら、バブル崩壊時とは違い、曲がりなりにも、比較的落ち着いた今も、税制だけは引きずっているのはおかしなことだと思う。

まず、バブル時からバブル崩壊時に、所得税を改悪し、累進構造を緩め、所得税の再分配機能を壊したことが大きい。バブル当時の昭和61年は、課税の税率区分が15段階あったものが、今は、たったの6段階である。

そして、最高税率が70%だったものが、今は実に40%。いかに所得の高い人が優遇されているかがわかる。このため、二極化が進み、中間層が失われている。結果的に、ジニ係数があがり、国力を弱めかねない。国力を高めるには、中間層を厚くすることが大切と気づくべきだ。

これは何が間違っていたのか。バブル時、高所得者が、税金が高いと大騒ぎした。折角努力して成功しても、税金で、ほとんど国に吸い上げられるのなら、経営意欲は減退するというのが一つの理由だった。所得税が高いと日本でビジネスをせず、日本から流出すると国を脅かした人々がいるのだ。

彼らの言い分は、しかし、実際、それほど起こらなかった。海外では確かに税金の安いところがあるにはあるが、安全とは決して言えない。それに経営は、税金のことだけ考えてするものでもない。そんなに簡単に移転はできなかったのだ。結局、彼らの要求したことは、私益のためだったと言える。この所得税の改悪は、明らかに間違った判断だった。

次に、平成6年に消費税を上げるため、緩和的処置として、配偶者控除の拡大や扶養控除の拡大を行ったから、余計にややこしくなる。もちろん、時の政権が選挙を意識したのだろう。

本来、消費税は、一部地方移転を除いて、国税部分は、基礎年金、老人医療、介護に充てられるのだから、その必要はなかった。所得税と消費税をちゃんぽんにする無茶苦茶な政策。しかしながら、そのことにより、税収は更に減少。本来負担すべき税を、国民は納めていない状況が続いている。

更に悪いことに、産業界からの強い要望でやった小泉政権の労働政策の誤りから、非正規社員が増加して、所得は低下し、実際、所得税率10%以下の人が大半になって(彼らは、本来負担すべき税を納めず、いわゆる、公的空間を「ただ乗り」して利用している)、年々所得税による税収は減り続け、国家財政を危うくしていると言える。

悪いことに、それぞれの時の政権が、選挙がらみのバラマキ対策で、国債を増発し、国家資産を上回る発行残高にあり、国家財政はがだがた。これは子孫に大きな負担になる。こんなことをいつまでも、続けて良いのだろうか。

所得税の持つ、優勝劣敗の調整をする所得再分配の機能をもっと活かすためバブル前の税制に戻し、かつ全所得者を対象に、多くの控除を廃止して多くの人々がそれ相応の税を納めるようにすべきだろう。

現在、日本は、先進国では、所得税の負担が最も低いグループに属している。増税と言えば、すぐ消費税が取り上げられるが、まず所得税の見直しの方が先ではないかという気がする。国や地方の無駄遣いも精査するのは大切だが、それには、それだけの税を納めてから言うべきだろう。

*追記

もちろん、最低限の生活ができない人たちには、別途手当する政策は必要だ。だが、一旦、税を納める仕組みにしないと、税意識は高まらない。便益を受けるには、税を納めなければならないという納税行為も大切と思う。

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