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2010年11月23日 (火)

政治の期待値ということ

期待値という言葉がある。期待値をコントロールするのは、サービスの原則でもある。人々は期待値に対して、そのサービスが低かったら、不満を持ち、あまり期待していなかったのに、予想以上のサービスを受けると満足をする。サービス業は、人々の心を読みながら、人々の期待値を調整することに、成功のカギがある。

それは国の政治サービスに於いても、同様だろう。新しい政権ができて、期待値が高まると、支持率は高まり、しばらくして、その執行能力に失望すると、支持率は下がる。今まで、政治は国民の期待に応えていないわけだ。すなわち、国民の期待値を調整することを怠っているから、支持率が下がる。

それでは、国や政府はどうするべきか。基本的には、予防線を張るべきだろう。国民に過大な期待を持たせないようにすることだ。国民も過大に国や政府に期待しないようにする。流風は、為政者なら、次のように言う。

「現在、国にお金がないので、皆さんの期待に沿える政策の執行は難しい。ただ、期待に沿えないかもしれないが、あらゆる可能性を検討していく。それでも、十分なことはできないかもしれない。政治に、あまり期待しないでください」と。

そのように言えば、選挙で落ちるかもしれない(笑)。しかし、期待値が低いと、予想外の政策執行で、国民の満足度は上がるかもしれない。政治家の皆さんも、選挙の時に、国民に期待ばかりさせるのではなくて、期待値の調整技術が求められている。そうすれば、短期政権は避けられるだろう。

*追記

但し、これは政治のレベルが高い時に言えること。現在は、政治レベルは低いのに、マスコミが期待値を煽るから、国民が変な期待をしてしまう。それで、後から、大きな失望が来る。ここ十年は、それの繰り返し。

それに与野党も、器の小さい人ばかりで、目を蓋いたくなる。失言の多い政府も困ったものだが、揚げ足ばかり取る野党もいい加減にしてもらいたい。国会論戦は、国民が望む政策論争が中心であるべきだろう。

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