« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月27日 (月)

ケジメの時代の販売

日本は、長らく、伝統的なハレとケの文化を無視してきた。要するにケジメだ。昔は、ハレのために、日常生活は地味なケの文化を維持してきた。今の若い人は、いつもハレを求めて、結局、やりがいを失っている。毎日がハレであることを望めば、いつも満たされない日々が続く。それは本人にとっても不幸だろう。

やはり普通の一日を地道にしっかり取り組むことが、ハレという喜ばしい舞台を与えられて気分も高揚する。そして、そのことがあって、初めて、日常生活をしっかり生きようとするものだ。

そういうことに気づいのたのか、大手スーパーが元旦営業を取り止めることろが増えているという。それは売り上げが思ったほど上がらないこともあるらしい。

しかし、もともと正月は、主婦が何もしないで休んでもらうためのものでもあろう。従業員も顧客と考えると、従業員にも正月というハレはあって当然だ。そう考えれば、元旦だけでなく、正月三が日ぐらいは休んでもらいたいものだ。

正月三が日、店が開いていないとなると、人々は、その前に余分に準備するものだ。そうすれば、12月の売り上げはやり方次第で増えるだろう。そして、正月明けには、積もり積もった買い物エネルギーが発揮される。そう考えると、流通業にも、ハレとケのケジメをはっきりさせた方が有効だろう。

| | コメント (0)

2010年12月26日 (日)

都市が豊かという誤解

都市生活者というのは、一般に地方より所得が高く、豊かな生活をしているイメージがある。果たして、そうなのだろうか。確かに所得は、地方より高いかもしれない。それに、たくさんの行楽施設もある。百貨店やショッピングセンターも、行楽施設の一部ととらえれば、常に刺激的で若い時は楽しいかもしれない。

しかし、住宅事情は悲惨だ。狭い上に家賃も高い。仮にローンを組んで住宅を買っても、インフレ時代ではないので、ローンは重くのしかかり、いつまでも軽くはならない。それで得た住宅も結構高い割には、そんなに広くない。

せいぜい億ションと言われているマンションが、少し居住環境がいいかなと思うけれども、高層マンションでは、将来的には、あまり価値はない。ビジネスメリットを除けば、億ションは居住環境で、大したことがないだろう。それなら借りた方がいい。

田舎に行けば、住まわれている家は、昔から結構大きい。所得が低いと言われている農業も、兼業農家では、そんなことは決してない。専業農家でも、豊かな暮らしをしている人は多い。それは過去の蓄積があるからかもしれないが、仮に家を借りても、安くて、都市で借りる空間とは、けた違いに広い。そこでは、人間的な生活が送れる。

また漁業もそうだ。仕事が厳しくて、所得が低いと見られているが、決して、そうではないだろう。彼らも立派な家に住んでいる。漁業の市場は国際的にも拡大するので、今後も有望な市場だ。仕事は確かに、きついが、今は養殖が盛んで収入もまずまず。体力に自信があるのなら、就職先に漁業の選択もありだ。

確かに、田舎には百貨店もないし、スーパーもないし、コンビニもないところもある。だが、ネット社会の今では、物の入手に困ることはまずない。ネットスーパー、ネット家電、ネットホームセンター等があり、多少配送料がかかる場合もあるが、一定の金額以上買えば、無料にしているところも多い。

ところが識者は、景気対策として、サービス化の流れとして、都市に更に人を集めようと主張する。確かに、流れとしてはそうだろう。だが、そんなことをすれば、都市はますます貧困化するだろう。都市は高齢化している。団塊の世代の人々が、かなりいる。彼らが定年退職すれば、市場は縮小する。

その次の段階の後期高齢者が増えれば、福祉サービスの分野は人の需要が高くなるだろうが、高給にはならない。サービス産業の所得は概して低いからだ。それに、それらの人々の多くは正社員ではないだろう。結局、貧しい人を増やす結果になるだろう。彼らの消費は低くなる。そして、都市部の景気はますます低迷するだろう。悪循環だ。

都市が豊かで、田舎は、そうでないという誤解は捨てる時だろう。地方の事業を見直し、新しい切り口で事業を興し、活性化させた方がいい。ビジネスの種は、第一次産業分野(農業、漁業、林業等)に溢れているということだ。常識の嘘に気をつけたい。

| | コメント (0)

2010年12月25日 (土)

日本のクリスマス

今朝は、声を出すのも辛いくらい寒い。そして世の中、クリスマスで、騒がしい。大半の日本人はキリスト教徒ではないのに、それを楽しんでしまう日本人。別に違和感も感じていない。教徒でもないのに、教会で結婚式を挙げるのと同じ。

ある若い女性は、一人で過ごすクリスマスを「サビシマス」と言って笑っていた。別にクリスマスに、彼と一緒でなくてもいいというニュアンスも含まれている。一種の祭りの感じ。要するに、何か理由を付けて楽しんでしまえばいいと言う感じ。

日本は雑食文化で、他の文化の都合のよいところだけ、つまみ食いして、楽しんでいる。それが日本のいい所でもあり、悪いところでもある。無宗教と言うより、むしろ、これが「日本教」なのだろう。

悪く言えば、だぼはぜ(笑)。いい面は、原理主義・教条主義に陥らないことだろう。そういう面は、インドに近いかもしれない。ああいうこともあり、こういうこともあり、と認めてしまうインドほどではないが、異文化を呑み込んでしまう柔軟さはある。もちろん、呑み込む基準は、それなりにある。ここでは記さない。

そういうことで、皆、気楽に商売ベースだと感じながらも、この行事を楽しんてしまう、いい加減さと柔軟さ。これがある限り、日本は大丈夫。むしろ、原理主義に近付くほうが危険。日本人は、そういう意味で、どこかでバランスを取っている。このような日本文化は、今後も続いていくだろう。

| | コメント (0)

2010年12月24日 (金)

多言をしないということ

話好きの人は、楽しい方が多いが、余計なことをしゃべり過ぎる傾向がある。その結果、失言につながることもある。今年も、不必要なことを発言して、大臣の椅子を追われた議員がいた。

人間には、常に、誰かに知って欲しいという欲求があるのかもしれないが、それも、程度問題。やはり、それなりの地位にある人や、影響力のある人は、発言を慎重にした方がいいかもしれない。やはり沈黙は金なのだ。

江戸幕府の重職にあった松平正信は、余計なことは、しゃべらなかったという。彼は、27年間、幕府の重職である奏者番(武家の礼式の管理者)を、一度の失敗もなく、勤め果せた。その秘訣を彼に尋ねると、多言せず、と言ったという。

要職にある者は、言葉や文章で、他人を傷つけ、損なう。それを避けるには、要らぬことを話してはならぬということらしい。よって、常に、組織の上位にある者は、慎重に言葉を選びながら話すことが重要ということになる。

確かに、発言による波紋を予測することは難しい面もある。更に現代のように情報社会では、少しの言葉尻を捉えて、あれこれ詮索される可能性も高い。より慎重に発言することが求められる。結局、中途半端に発言せず、沈黙を保つことが処世となる。

最終的には、日々の人間性ということが、ものを言うのかもしれない。しかしながら、人間性の表現は、もっと難しい。政治家にしろ、注目される人たちには、生きにくい時代かもしれない。それでも、要職にある人は、必要以上にしゃべらないことが大切なことには違いない。

| | コメント (0)

2010年12月21日 (火)

人材を集める~隗より始めよ

企業が成長するのは、人材次第だ。そのことに早く気付いた企業は、まず優秀な人材を獲得し、次に人材育成に力を入れる。ただ、「優秀な人材」というものが案外曲者だ。学業だけに優れた者が、企業で優秀でない場合もある。しかし、努力したことは間違いないだろう。それにプラスして、いかに人間的な力を見抜くかが、採用者に問われている。

そのことはさておき、「(先ず)隗より始めよ」、という逸話がある。現代では、物事は、言いだした者から始めよ、と解釈されている。この話は『戦国策』にある。燕という国の昭王と宰相郭隗とのやり取りの中で、国を興すにはどうすればといいかという話になった。

そこで、郭隗が、例え話として、ある君が千里を走ると言う名馬を求めるのに、ある者が馬の居場所を知っているのと言うので、千金を与えて、遣わしたが、行きつく前に、馬は死んでしまった。ところが、その者は、死んだ、その馬を五百金も支払って引きとってきたから、その君が、怒ること、怒ること。

高い金を使って、何と言うことをしてくれたのかと、その君は詰め寄るので、その者が言うには、死んだ馬でも、高い金で引き取ったと評判が広がれば、名馬は自然と集まるはずと説得。間もなく、駿馬が集まってきたという。

そして、人材も同じこと。まず、私のように優秀な人間でない隗より始めてくださいと、王を説得。王は、これまで以上に、郭隗を厚遇し、大切にしたところ、各地から賢人、人材が集まってきて、彼らが国の柱石となり、やがて、憎き斉を破ることになる。

誰だ、自分を隗にしてくれと言っているのは(笑)。郭隗は謙遜して、そう言っているだけなのだ。それでも、自分の優秀さだけに拘らなかった、この人物は偉いと思うよ。

これは現在の日本にも言えること。国内の人材に拘らず、世界から優秀な人材を採用して、活用すれば、国も企業も、活性化されるだろう。人間、同じタイプばかり集まると、発想も狭くなる。国も企業も、異質な発想をする人々を集めて、革新することは、大切だ。

| | コメント (0)

2010年12月19日 (日)

大掃除は水回りから

年末も押し迫り、大掃除の時期がやってきた。日頃から少しずつ掃除をやっているつもりだが、やはり行き届いていないのは確か。どこから始めようか検討したが、やはり水回りから、することにした。

トイレの便器は、気づいた時に、その都度、掃除しているが、床等を調べると、便器の後ろ側に埃が少し積もっていた。そこで、床全体を念入りに掃除することにした。結構、汚れている。流風の掃除なんて、いい加減だから。

掃除すると、トイレ内の空気も変わった感じ。“トイレの神様”も喜ばれているかな。いや、もっと、いつも掃除せよとお叱りを受けるかも。トイレを美しくする習慣がつけば、その他の場所も美しくするようになるのは、昔から、躾として、言われてきたこと。あの歌では、トイレ掃除で満足しているような感じを受けるが、、、、。

次に、キッチン。リフォームして、まだ年数が浅いので、あまり汚れていない。夏過ぎに一度、大掃除したこともある。それに毎日使うから、気づいたところから掃除しているので、そんなに汚れはないが、まず排気口をしっかり掃除。業者に頼まなければならない状況ではなかった。

次に風呂掃除。ここは汚れが激しい。時々、掃除するが、カビの汚れがなかなか取れない。カビ除け剤は、あまり使いたくないが、仕方ない。本日、少しずつやろう。後は、少し大変なのが、窓拭き掃除。本日は、天気がよさそうなので、一気にやるつもり。その他の一般的な掃除等は26日までに終了予定。今年も終わりだな。

| | コメント (0)

2010年12月18日 (土)

不揃いの蜜柑たち

昔、「ふぞろいの林檎たち」というドラマがあったような気がするが、不揃いのみかんが安かったので、ついつい二袋も買ってしまった。別に家で食べる分には問題がないし。贈答用としては問題があっても、自分で食べれば、不揃いであろうが、胃の中に入るものは同じ。

最近は、野菜も、規格外が格安で出回っているが、農家としては、処分するものが、多少なりともお金になるし、消費者は安くて喜ぶのだから、いいことだ。それに流通業者は利益率がいいだろう(笑)。

りんごも、傷入りんごが格安で販売されていたが、全く問題なく、美味しく頂けました。多少、貧乏くさいと言われても、流風は気にしない。問題は、安全で、美味しかどうかということ。それさえクリヤーすれば、何の問題があろうか。

| | コメント (0)

2010年12月17日 (金)

超低金利政策の過ち

若干、旧聞に属するが、日本銀行が、再度、政策金利をゼロに戻したが、誰も喜んでいない。それは中小企業の経営者も同様だ。いくら低金利になっても、現在のように経済が不活発であれば、十分な仕事が回らないから、一部の先端的な経営センスのある企業を除いて、中小企業の経営不振は免れない。だから金融機関が、当然、追加融資を渋る。

現在は金利を安くするより、自然発生的に、国内にお金が回る政策が求められている。多くの学者や経済評論家は、他国の政策に倣って、お金を市場に流せば、いずれ回るようになると言うが、それは欺瞞であろう。

経済は、金融だけで動いている訳ではない。実物経済が基本だ。その金額は、金融経済の何分の一かもしれないが、まず実物経済が動くようにしないと、全体の経済は回らない。

日本の実情から行くと、人口減の問題もあるが、まず皆が消費しやすい環境を作るべきだろう。ただ、モノの充足率が高い現在、追加の消費には限界がある。また追加の所得があれば消費に回るかもしれないが、それもあまり期待できないとなると、新しい産業政策によって、市場を創造するしかない。地デジ化も、一つの方策であったが、そのような政策が十本ほど整えば、経済は活性化される。

更に、今回の日本銀行のゼロ金利政策とは、真逆の、金利を上げていくことが求められる。投資家は、金利を挙げれば、円高になり、株価が暴落すると連想するが、それらはどれも一時的なこと。今後も円高は続くだろうが、日本にとっては、海外進出、海外投資のチャンスである。欧米の経済が、低迷している内がチャンス。であれば、円高をメリットとして活かす思考が求められる。

それに金利が上がれば、高齢者を中心に、利子所得が増え、それが購買につながれば、景気はよくなる。利子所得を消費させるには、いろんな方策が考えられる。

いずれにせよ、金利を下げれば景気が良くなるという幻想は早く捨てるべきだろう。為替に介入したり、金利をゼロ金利にしたり、政府・日銀の政策は、あまりにも投資家(*注)に配慮し過ぎだ。そのことが実物経済を悪化させることを忘れてはならない。

*注

なお投資家とは、個人投資家、機関投資家の外に、輸出企業、財務省を指す。

*追記

金利を上げれば、実質倒産予備軍の中小企業の整理が早まる。国としては、倒産予備軍の中小企業がたくさんあることは、望ましくない。国民新党出身の大臣は誤った政策で、国民負担を大きくしていることは間違いない。

| | コメント (0)

2010年12月16日 (木)

経営の真価

日本国内は、景気が若干よくなっていると感じている人は多いかもしれない。ただ日本銀行の調査では、そうでもないらしい。でも、経営者においては、こういう時が、本当の実力を試される。確か、ある経営者も、経営者の真価は、デフレ時に、その差が現れ、自力が明確になるとされていた。

現在、国が期待しているインフレになって、経営が少し楽になっても、それは自力からは程遠い。そういう時は、自力はつかず、他力に依存した経営になってしまう。再度デフレになれば、そういう企業は、あっという間に、吹っ飛んでしまう。

結局、強い自力経営にするには、次の事が求められる。

 一、社員全員が、それぞれの持ち場で経営者の自覚を持つこと。

 二、月々、赤字を決して出さない。採算の合う商売に徹する。

 三、在庫は極力持たない。お金を寝かさない。

 四、掛け売りをしない。他人に金を貸して商売しない。

 五、事業と直接関係ないことには、手を出さない。余分な経費をかけない。

 六、三つの交際を欠く。すなわち、義理、人情、見栄を欠くこと。

 七、経費の見直しを定期的にする。

 

| | コメント (0)

2010年12月15日 (水)

税制改革2011 相続税私見

相続税が改正され、早ければ2011年に、最高税率が55%に引き上げられ、基礎控除も5000万円から3000万円に引き下げ、加算控除も法定相続人一人あたり1000万円が600万円に引き下げられる。すなわち、課税範囲が拡がる。そして、税率区分は6段階から、8段階に増える。

これは、現在、相続税を支払う人が、相続する人の4%程度で、それを引き上げる意図があるようだ。でも、かつて、バブル以前は、基礎控除が2000万円、加算控除が法定相続人一人あたり400万円で、税率区分も14段階だったのだから、まだ、その段階には至っていないが、遅まきながら、少し改善されたということだろう。

なぜ基礎控除がバブル後加算されたかと言うと、バブルで異常に地価が上がり、都心部に住む住宅地の相続者が、土地・家を手放さないと、相続税を支払えない事態が生じたからだ。相続税に相当する資金を持っている人はそんなにいなかったから、社会問題になった。

そこで、基礎控除引き上げた。しかしながら、バブル崩壊の波も収まり、現在は地価が下落して、それが安定している状態。もちろん、バブル以前の状態に戻っている所ばかりでもないが、かなり落ち着いている。

ところが、所得税同様、税制はバブル時と同じ状態(税制は、経済とタイムラグが生じる)が続いており、今回、修正するに至ったようだ。もちろん、金持ちの方々には、贈与税という抜け穴が拡大しており(*注)、どれほどの税収増加が見込まれるか不明だ。それでも、税制改革をしたことは、一応評価していいだろう。

*注

110万円の生前贈与を毎年、計画的にすれば、合法的に節税できる(実際は110万1000円贈与し、非課税分110万円を引いた1000円に対して贈与税を支払い、税務当局に証拠を残すということが行われているようだ)。

また住宅資金贈与が孫にまで適用される。相続時精算と言うことだけれど、相続財産を先取りして、課税は先延ばしされる。政府は、資産を持つ高齢者に資金が滞留するより、子どもや孫たちの世代が消費してくれれば、景気によい影響を及ぼすと考えているようだが、疑問符は残る。

いずれにせよ、財産税は、あまりいじっても、税収拡大効果はあまり大きくない。人の死によるスポット税収は、あまり、あてにできないものなのだ。

ただ、前首相のように多額の贈与が行われて、税金が払われていなかったとしたら、問題は大きい。単に税法に無知だったと言うだけでは済まされない。当局は、厳しく監視するべきだろう。

| | コメント (0)

2010年12月14日 (火)

自ら身を焼いたウサギ

     身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

いよいよ、年末も押し迫ってきた。お歳暮、あるいは年賀状の準備、お節の販売など、師走らしく世間は騒がしくなっている。そして、来年は、卯年だ。今回は、ウサギの話を取り上げよう。但し、以下に示すことは多くの作家や文学者が取り上げ、人口に膾炙しているので、目新しいことではない。

それは、『今昔物語集』の巻第五の第十三にあるものだ。題は、「三つの獣、菩薩の道を行じ、兎身を焼ける語」だ。中身は仏教説話。天竺すなわちインドの話として収録されている。この話は、童話などで、子ども時代に読んでもらった経験があると思うが、念のために記すと、大体、次のようになる。

昔、インドに、ウサギ、キツネ、サルの獣がいた。どういうわけか、彼らが信心を起こして、菩薩の道を実践修行した。これは例え話であるので、動物に魂があるかどうかの議論は、避けておく。

また菩薩というのは、六波羅蜜のことで、すなわち、布施・忍辱・精進・禅定・般若の実践のことである。これらについての説明は長くなるので、ここでは省く(分からない方は、ネットで調べてみてください)。

そして、それぞれが、次のように思ったという。「我等前世に罪障深重にして賤しき獣と生まれたり。此れ前世に生有る者を哀れまず、財物を惜しみて人に与えず。かくのごとくの罪深くして地獄に堕ちて、苦を久しく受けて残りの報にかく生まれたるなり。されば、このたび、この身を捨てむ」

すなわち、畜生に生まれたのは、前世の行いが悪かったからだと悟ったのだ。流風も、子どもの頃、祖母や母に、そのことは、よく言われたものだ。悪いことをすれば、来世には、人間として生まれてこないかもしれないが、それでいいのかと。来世のことなど誰も見ていないのだから、わからないはずだけれど、子どもを諭す時には有効な言い方かもしれない。

来世、人間であるためには、現世で何をすればいいのか。彼らは考えた結果、次のように結論する。「年、我り老いたるをば祖(おや)の如くに敬い、年我より少し進みたるをば兄の如くにし、年我より少し劣りたるをば弟の如く哀れび、自らの事をば捨てて他の事を前にす」と。

長幼の序を以て、道徳心により、自らを捨て、他者に接するということ。自身の存在は他者に生かされているということ。そのような心を持ち続けると、その人の顔つきが良くなることは事実だ。回り回って、その行為は自分に返ってくることも確かだろう。説話とはいえ、人間社会の真実を突いている。彼らは、頭でまず、そのことを理解したということだろう。

そこで、帝釈天は、翁に化けて、彼らの本心が本当に、誠のものか試す。あ奴らは、哀れみの心が本当に、あるのか。そこで、老い疲れ、食べ物もない翁の私を、養ってくれと彼らに言う。試すというのは、確かに、有効なこと。心の底を露わにさせる効果がある。

それを聞いて、サルやキツネは、早速、自分たちの得意技を活かして、いろんなものを採ってきたり、取ってきたりして、翁を満腹にさせた。これに刺激されて、ウサギも、色々やってみるが、成果なく、皆に恥をかかされる。

そこで、彼らに火の準備をさせて、思いつめて、再度出かけたウサギは、帰ってきても獲物は何もない。そして、ウサギは次のように言う。「我れ食物を求めて持ち来たるに力無し。然れば、只、我が身を焼いて食らい給うべし」と。そう言って、火の中に飛び込み死ぬ。

その時、帝釈天が、元の姿で現れ、火に入ったウサギの姿をそのまま、月に移した。それは人々が絶えず仰ぎ見る月によって、人々が、その教えを忘れないようにしたという。この話は、子どもの頃、何となく読んで聞かされたという人も多いのではなかろうか。最近の子どもさんは知らないかな。

この話は何を語っているのだろうか。本当に生きるということはどういうことなのか。生かされているのなら、他者を生かす努力を惜しんではならない。また、人間、追いつめられた時、どうすべきなのか。すべてを捨てて、私心を捨てることによって、新しい展開が見えてくると言うことだろうか。そうすれば天は見放さないということだろうか。

人間社会は、理性で計算できないことが起こるから、面白いと言えば、そうだろう。果たして、あなたはウサギになれますか。来年2011年は、そういう覚悟を求められる年になるのだろうか。そこまではいかなくても、大胆な取捨選択を迫られる年になるかもしれない。説話は大人にも、いろいろ教えてくれる。

| | コメント (0)

2010年12月13日 (月)

困った空気清浄機

今年の酷暑の影響で、来年の春は、花粉の量が異常に多いと聞く。困ったことだ。花粉症は、年によって程度が違う。全く出ない年もあれば、ひどい年もある。

ただ流風の場合は、室内のカビに反応することが多く、室内においてのみ、くしゃみの症状が出るので、厳密には花粉症ではないかもしれない。単なるアレルギー症状かもしれない。

屋外では、あまりくしゃみに悩まされることはない。ただ、今年は、二回ほど外出先の施設でくしゃみが出た。これはあまりよくない傾向。

空気清浄機は一台設置しているが、来年の花粉症対策として、寝室にも新たに空気清浄機を設置した。ところが、これが少し困り物。入浴して、寝室に入ると、途端に反応して、赤いランプが点灯して、モーターがフル回転する。明るい上にうるさい。

理由は何かと考えてみると、シャンプーやリンスの香料が影響しているのではないだろうか。それ以外に原因は考えられない。そういうと、別の部屋にある空気清浄機も、トニックやリキッドをつけて髪の毛をセットすると、すぐさま反応する。

空気清浄機は、これらの匂いが、お好みでないらしい。となると、無香料のシャンプーや無香料のトニック・リキッドが必要になる。市場には、そういうものもあるようだが、イマイチ気が進まない。はてさて、どうしたものか。

| | コメント (0)

2010年12月12日 (日)

税制改革2011 法人税私見

財界が、しつこく法人税の減税を主張している。法人税を減税したからとて、企業収益が向上するのは一時的であろう。それより問題は、法人税収が、数年、半減している(6兆円程度)ことの方が大きい。それなのに法人税減税を要求するのは厚かましいのではないか。

確かに、要求している企業は、それなりに法人税を納めていると言うかもしれない。しかし、国全体として見れば、法人税収が過大に膨らんでいる時ならば、わかる主張も、今は、強欲としか国民には映らない。

そもそも法人税の問題は、法人税を納めている企業が、全体の30%程度ということだ。後の70%は税を納めず、国や公共施設をただ乗りしている。国や地方からすれば、これらの企業は整理する方が望ましい。赤字を垂れ流すことは、諸悪の根源であろう。

こんなことを言えば、雇用を確保しているので、企業が潰れれば、多くの失業者が出ると脅かすかもしれない。しかし、それでも、整理するべきだろう。あるいは、有能な経営者に替って再建を急ぐべきだろう。

大体、日本の企業の経営者は、見切りが遅いと言われる。もう少し、もう少しと中途半端に頑張って、深みに嵌ってしまう。関西の中小企業は特にそれが激しいと言われる。それが関西の地盤低下の原因でもある。

経済環境は大きく変化しており、過去にしがみついていても、何も改善しない。赤字経営を続けている企業は早急に整理するべきだろう。そして、新しい経営者が一部を引き継ぐなり、新会社を設立して、新たな視点で経営すれば、国としても望ましい。

今、70%近い企業が、法人税を納めていないとすれば、ある意味、犯罪だと言う自覚を経営者は持つ必要がある。そういうことを考えれば、とても法人税を減税できる環境にはない。税金を納めている30%の企業は、むしろ、赤字法人を減らすことを国に要求する方が望ましい。

*追記

一般に、赤字が三期続くと、経営危機を迎える。それを超えて、そのまま企業が存続することは難しくなる。つまり70%の赤字企業の、かなりの割合は、継続不可能なのに、存在していることになる。これは明らかに異常。これを国として放置するのは、望ましくない。

*追記

日本経団連は、法人税減税をしない政府に、苛立っているようだが、減税したところで、国内経済に寄与するとは、とても思えない。基本的に、投資家に対するアピールに過ぎないことは見透かされている。

昔の経団連は、もっと高いところから、国に要求したものだ。レベルの低下を感じる。このような組織は、もう特になくてもいいのでは。企業献金も廃止し、これらの圧力団体から影響されないようにすることが望ましい。

また国際競争力の観点から、日本の法人税が高いということを理由にするが、それぞれの国の状態が違うわけだから、単純に税率比較しても仕方ない。彼らの頭脳が、大変単細胞なのが気にかかる。

*平成22年12月14日

管首相は、財界の圧力に負けて、法人税の5%減税を決めたようだが、何の効果も生まないだろう。また財源もないので、結局、一般国民の負担を大きくするだけだろう。無能な財界のために、一般国民が負担しなければならない矛盾。そして、何も分かっていない首相のいい加減さ。

いつまでも、無能な首相でいいのだろうか。それは最早、旧聞に属するかもしれないが、某新聞社の小沢攻撃から始まったと言っても過言ではない。民主党は、小沢氏を首相にできなかったことで、残念ながら、終わりを告げている。こうなると、政界を再編させるしかない。

| | コメント (0)

2010年12月11日 (土)

料理の上手下手

最近は、結構、自分で料理する流風も、やはり料理の上手な女性は、よく映る。それに比べて、料理が下手な女性は、いかに容姿がよく頭がよくても魅力がない。料理は感性。それから人間性さえも、透けて見えてくる。

もちろん、基本的な技術力は習えば養われるが、料理は、全体をデザインするセンスが求められる。料理は、その人間性がよく出る。それは、ある意味、文化だ。そうかと言って、外食やグルメが好きな人が、必ずしも料理が上手とも言えない。

調理に対する想像力が働かなければ、自分の文化にはできない。やはり、料理下手な女性は、どこか劣るような気がする。それが何が原因なのか、よくわからないが、基本的に料理の持つ意味を、わかっていないのではないか。

人間にとって、食べると言うことの重要性が、理解できていない。もちろん、料理のような、細々とした作業が嫌いなのかもしれない。子どもの時の躾不足の可能性もある。勉学が優秀であれば、料理なんて、できなくてもいいと考えたかもしれない。

実は、母も料理が下手で、父から「お前は研究心が足りないんだ」と言って、母の怒りを買い、よく一悶着起こして、ストライキしていた。父もいけなかったと思う。母が珍しい料理をしても、貶すだけで褒めないから、作り手は挑戦意欲が萎えてしまう。

でも、母は基本的に料理はあまり上手ではなかったようだ。だから、流風も友達の家に行って、御馳走を提供されると、世の中には、こんなに美味しいものがあるのだとよく思った。家に帰って、母に同じものをねだっても、出てくるものはまったく違い、美味しくないことが多かった。

この原因は何なのか。やはり父の指摘通り、料理の基本技術と研究心のセンスが欠けているのだと思ったものだ。最近は、多くの料理本やネットで多くのレシピが紹介されており、本人が、その気になって作れば、それなりのものができる。

しかし、それで止まるならば、所詮真似。技術向上は、最初は真似から始まるのは事実だが、それで満足すると、進歩はない。微妙な味を感じ取る能力とセンス、そして新しいことに挑戦する意欲があって、はじめて、自分らしい料理ができる。

その上で、それぞれの家の料理文化を継いで発展させることをしないと、面白くない。ただ美味しい料理を提供すればいいというものでもあるまい。今、どれくらい愛情と使命感をもった女性がいるのだろう。料理を軽視していないか。どうも、料理の上手下手は、そこから始まりそうに思う。

| | コメント (0)

2010年12月 9日 (木)

最近の冬の料理

流風が料理を作ると言っても、超簡単料理。やはり、冬は鍋物が多くなる。そして、一般には手抜き料理と言われるものだ。最近作った一例をあげると、

 一、すき焼き

 二、白菜とシーチキンの蒸し鍋(広告でやっていたので試した)

  三、和風ポトフオリジナル

 四、カブとむきエビのあんかけ

 五、豆腐とモヤシの水炊き

 六、里芋、大根、金時人参の煮物

 七、小松菜と油揚げを煮たもの

 八、餃子鍋

 九、魚の煮つけ類、等々

テレビの料理番組を時々視るが、あまりにも手が込んだものが多い。三分間何々という料理番組もあるが、そんなに簡単でもない。また味の濃い料理が多い。そんな調味料を使うなと言いたい。あれだけいろいろ使えば、素材の味がわからなくなる。ああいうのは、所詮、誤魔化し料理だと思う。昔の家庭料理が懐かしい。母はレパートリーも少なく、料理も下手だったけれど。

| | コメント (0)

僧正遍昭のにぎやかな人生(五)

遍昭について、何回か記してきたが、流風は文学研究者ではないので、正確なことはなかなか記せていないかもしれない。学生時代は文学青年ではなかったので、今、改めて、古典を楽しんで、それをブログに記しているに過ぎない。今回は、このテーマの最終回として、遍昭の女性感を、若干の和歌から感じてみようと思う。

さて、女郎花は、「おみなえし」と子どもの頃、なかなか読めなかった。秋の花で黄色いが、あまり目立つ花ではない。「おみな」とは、「おんな」のことらしい。別名、粟花。最近は、健康ブームで流行っているらしいが、昔は白米が食べられない貧乏人の食べ物だった。随分昔のことだけれど、「貧乏人は、稗、粟を食え」といった首相もいた。

ちなみに男郎花というものもあるらしい。これはまだ見たことがないが、白い花で、女郎花より少し大きいようだ。そして別名、米花。こういうのは、男女差別の名残りかな。いずれ、このような別名は忘れ去るかもしれない。でも、花の雰囲気は合っている。うまく名付けたものだ。

前置きが長くなったが、遍昭も、女郎花を題材に歌を詠って、女性を評している。それは次のようなものだ。

  名にめでて 折れるばかりぞ 女郎花

   我おちにきと 人にかたるな

     (『古今集』 二二六番)

解釈は、「名前に惚れて、女郎花を折りとっただけなのだよ。この私が、堕落しているとは他人に言ってくれるな」と。裏には、「女郎花という名前で、その花を折り取っただけで、私のことを、すぐ色好みと言うのは止めてくれ」と言う感じ。彼も、色好みと言われる評判は、多少気にしていたのかも(笑)。

次も彼の作だ。

  秋の野に なまめき立てる 女郎花

      あなかしがまし 花もひと時

        (『古今集』、千十六番)

解釈は、「秋の野に、女郎花が美しさを競っているように見えて、にぎわしい。でも、咲くのは一時に過ぎない」ぐらいか。少し痛烈だ。裏には、どんな若い女性も、三人寄れば、姦しいと言っているようにも捉えられる。

女郎花を題材に詠っている和歌で、『古今集』には、明確に彼の作となっているのは、上記二首のようだが、次に、「読み人知らず」で次の歌があるが、これも遍昭の歌ではないだろうか。

  秋くれば 野べにたはるる 女郎花

    いずれの人か 摘まで見るべき

                 (『古今集』、千十七番)

表面的な解釈は、「秋になると、野辺に、風に吹かれて、揺れているたくさんの女郎花がある。誰が摘まずに置こうか」かな。裏は、多くの若い女性が、戯れていると、男は放っていないというニュアンス。若い女性は集まっていると、男が寄ってきて、連れて帰られる感じ。

続けて次のような歌もある。

  秋霧の はれてくもれば をみなえし

     花の姿ぞ 見え隠れする

              (『古今集』、千十八番)

解釈は、「秋の霧の中にある女郎花は、晴れたり曇ったりして、見え隠れする」という意。女性も、日によって美しく見えたり、そうでなかったりする。これは見る側の気持ちで、対象が、美しく見えたり、そうでないと捉えることもできる。

更に次の歌もある。これは遍昭の歌と言われる。

  花と見て 折らんとすれば 女郎花

    うたたあるさまの 名にこそありけれ

      (『古今集』 千十九番)

解釈は、「咲いている花を手折ろうとすると女郎花だった。嫌な感じの名前であることよ」という感じか。「女郎」は、美人とか佳人という意味があるのと、「折る」というのが、女性が男のものにされるイメージを重ねた。

最後に、もう一首。女郎花かどうかわからないが、そんな感じの歌。

  散りぬれば 後はあくたに なる花を

    思ひ知らずも まどふてふかな

    (『古今集』 四三五番)

解釈は、「どんな花も散ってしまえば、汚くなる。そういうことを忘れて、蝶は花に夢中になってしまう」。裏の意は、「女性は若さを失うと、魅力は失せる。恋をしている時は、男は惑わされて、そういうことを忘れてしまうようだ」と、少し辛辣だ。

以上が、女郎花を題材にした歌(四、三、五番は遍昭の作かは不明)だが、すべて遍昭の歌のように感じられて仕方がない。彼の女性感が出ているような感じがする。非常に冷静に女性を観察している。それは出家後の感想なのか、悔悟なのか。でも、出家したからと言って、異性には関心がなくなったわけではなく、色好みの本性は、変わらなかったということだろう。

*追記

ちなみに、「色好み」とは、二つの視点がある。一つは、単に情事を好み、好色なこと。もう一つは、恋愛の情緒を理解し、洗練されていること。遍昭の場合は、実際はどうだったのだろうか。

| | コメント (0)

2010年12月 8日 (水)

僧正遍昭のにぎやかな人生(四)

宗貞には、次のような話もある。宗貞が出奔して、行方不明になって、宮中では大騒ぎ。今は亡き仁明天皇の后も、いろいろ伝手を使って探し出す話もある。ここでは、小野小町との遭遇を記しておこう。小町が清水寺に参籠していた時、朗々として読経する声が聞こえてくる。

彼女は、声の主が、ただ者でないと悟り、探ってみて、遍昭(宗貞)と見当をつける。そして、人を使って文に歌を付けて遣わす。それが次の歌。

  岩の上に 旅寝をすれば いと寒し

      苔の衣を われにかさなん

『後撰集』に収録されている、この歌の意は、「岩の上の寺に旅寝をしていると、大変寒いので、あなたの僧衣を貸して頂きたい」と。女性が、男の僧衣を貸せなんて、無理難題。もちろん、小町は、そのことはわかった上で、元は好き者で出家をした遍昭を試している。嫌な女性だな(笑)。これに対して、遍昭は次のように返す。

  世をそむく 苔の衣は ただ一重

      かさねばつらし いざ二人寝ん

『古今六帖』に収録されている、この歌の意は、「世を捨てて出家した僧の衣は一枚以外に何もなく、そうかと言って貸さないのも悪いので、二人一緒に寝ませんか」と返した。これは多分、小町の期待した以上の返歌であろう。

俗を捨てつつ、俗を理解し、禅問答に近い応え。これほど短期間に、禅の修行を成し遂げたとは感心する。やはり遍昭はただ者ではないのだろう。遍昭の一本勝ち(笑)。ところが、小町が、この歌を受け取って、会いに行くと、遍昭は立ち去っていたという。最早、俗世と、つまらぬ関わりは避けたいと思ったのだろうか。

それにしても、遍昭の人生の、前半と後半では、全く違う。それは『伊勢物語』の主人公の在原業平(*注)と同様である。人間、歳が行くと、あちらの世界に足を踏み入れた気分になるのだろうか。それは人生の前半に、派手な出来事が多かった人ほど、そうなのかもしれない。

*注

『伊勢物語』は、全てがすべて、在原業平の行状とは思えないが、後半を読むと、前半の男女の相聞とは違って、随分と人生の空しさを示している。

| | コメント (0)

2010年12月 7日 (火)

僧正遍昭のにぎやかな人生(三)

宗貞はデート遅刻事件も起こしている。デートに遅れるのは、二人の関係性が重きを成している。相手に思いが強ければ遅刻することはないだろうし、反対に、思いがそれほどでもなければ、いつ切れてもいいと思い、その扱いも軽くなるものだ。もちろん、その他の理由もある。それは、その後の処理の仕方で相手の思いがわかる。

宗貞の場合は、どうだったのだろう。彼が天皇の寵愛が深かった頃、忍んで逢っている女性がいた。ある時、深夜に会う約束をしていたが、女性の所には、いつまで経っても、彼はやってこない。痺れを切らした、その女性は、彼の所に手紙を遣る。そこには、次のように記されていた。

  人心 うしみつ今は 頼まじよ

彼は目を覚まして、ああ、転寝のつもりが失敗したなと思い、次のように返す。

  夢に見ゆやと ねぞ過ぎにける

要するに、女性が「丑三つ(午前二時半)の時間も過ぎているのに、やってこられないので、あなたの心がわかりました。もう頼みにはしません」というのに対して、宗貞は、「夢にあなたのことを見るのではないかと思い、寝過ごしました。その結果、約束の子の刻(午前零時)を過ぎてしまいました」と返したのだ。

こういう言い訳、男だったら、よくするよね(笑)。でも現代は、歌でやり取りすると言うより、直截的。昔の方が風情があるなあ。まあ、こういうやり取りは、皆がやっていたわけでもなさそうだが。

| | コメント (0)

2010年12月 6日 (月)

僧正遍昭のにぎやかな人生(二)

  山吹の 花色衣 ぬしや誰

       とへどこたへず 口なしにして

                          (宗貞)

在原業平が色好みであったことは一般には有名だが、僧正遍昭が、俗世の宗貞の頃、色好みであったことは、業平と比べても遜色ない。天皇は、宗貞があまりにも、色好みの悪い評判がするので、それを諌めた話もある。

天皇が女装して、潜んでいたが、計られていることを知らない色好みの宗貞は、そっと袖を引く。しかし、天皇は、無言なので、詠んだ歌が、最初に挙げた和歌。そこで、天皇が正体を明かすと、宗貞、驚き慌てるというもの。

実際あった話かどうかはわからないが、そういう噂が立つぐらい色好みは皆に知れ渡っていたようだ。まあ、宗貞は、天皇の企みは見破っていたと思う。これは、天皇と従兄弟の関係にある宗貞との気楽さから出た戯れだろう。

そういう、作為的な歌が嫌われたのか、『古今集』の仮名序での彼の評判はあまりよろしくない。それは次のようになっている。

 僧正遍昭は、歌のさまは得たれども誠すくなし。

 たとへば、絵にかける女を見て、いたずらに心を動かすがごとし。

彼の評価が正しいかどうかはわからないが、想像あるいは妄想に基づく歌は多かったかもしれない。そう考えれば、案外、小心者のようにも思う。業平ほどに、女性だったら、あたりかまわず、手当たりしだい、誰でもというような感じはしない。案外、真面目な人であったかもしれない。

天皇の仕掛けた、子供騙しについて、その意を汲んで、騙された風を装ったとすれば、むしろ優しさが感じられる。案外、彼の色好みの評判を立てたのは、天皇に寵愛される彼を疎ましく感じている勢力であったかもしれない。

| | コメント (0)

2010年12月 5日 (日)

機密とは何なのか

ウィキリークスが、米外交公電機密の漏洩を暴露して話題になっている。具体的な内容は、一部しか知らないが、マスコミが報道している限りでは、本当に機密と言えるかどうか。内容は笑えてくる。

そういうと、企業に勤めていた時、何でもかんでも、マル秘扱いする上司がいたが、そのほとんどが誰でも知っている内容で、ライバル企業では常識だろうと思われるものがほとんどだった。知らないのは、あんただけだろうと言いたくなったぐらいだ。

そもそも、機密と言えるものは、そんなには存在しないと思う。だが、人が隠せば、その情報を知りたくなるのは当然。でも、知ったところで、内容がないことも多い。機密とは、当人が、そう思った段階で、すでに洩れているかもしれない危ういものだ。

もちろん、企業にとって、特殊な技術情報とかは秘密にしたい気持ちはわかる。ところが、例えば、ある企業が新規に開発した技術が、その企業で十分に活かされるかというと、必ずしも、そうでない事実もある。案外、特許などで公開して、他社も、それを基に新しい技術を開発して、切磋琢磨する方が、新しい市場ができて、自社にも望ましいことが多いものだ。

このことは政治でも同様で、今の時代、何が機密で、何が機密でないと、どこで線引きできるだろうか。外交的駆け引きでは、確かに対象の国家のキーマンのあらゆる情報が必要なのはわかるとしても、案外、公開情報の分析で、結構、わかるものだ。

確かに、速く知ると言う時間的差異はあっても、今のようなネット時代には、噂のような機密はあっという間に皆に伝わるものだ。もちろん伝わった時点で、当然、機密の意味はなくなる。機密を隠すとは、なかなか難しいものだ。それはスキャンダルと似ている。

それに秘密にしたつもりが、いつの間にか公開されているのが今の世の中。ネットで匿名なんて言っても、あの尖閣諸島事件のビデオ流出の匿名の犯人を政府は、あっという間に見つけ出した。ネットに情報を載せる限り、当人は非公開のつもりで、いかに秘密にしたつもりでも、それは形だけのもので、実質はオープンにしていると考えるべきだろう。

だから、本当に機密にしたいことは、情報システムに乗せないことだ。つまりオフラインにするか、頭の中に隠すことだ。いずれ、それさえも分かる技術が開発されるかもしれない。あまり、機密というものは当てにならないことを知るべきだろう。でも、人は機密にしたいと思うのは、一種の本能かもしれない。よって、今後も、機密の暴露は起こりうる。

| | コメント (0)

2010年12月 4日 (土)

僧正遍昭のにぎやかな人生(一)

   天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ

        をとめの姿 しばしとどめむ

    (古今集巻十七の八七二、百人一首の十二番、 僧正遍昭)

この歌は以前にも採り上げた。僧正遍昭の歌ということになっているが、厳密には出家する前の良岑宗貞の時の歌。この歌については、古今集の詞書には、「五節の舞姫を見て詠める」とある。五節舞は、新嘗祭の翌日で、旧暦十一月中の辰の日に、天皇が新米を食し、群臣にも賜るという豊明節会(*注)で、四人から五人の少女の姫が舞うもの。

少女は、公卿の娘、受領・殿上人の娘で構成され、名誉なことであった。それだけに、皆、少女には華美な服装をさせ、多くの人々を楽しませた。なお、これは天武天皇が吉野行幸の折、夕方、琴を弾いていると、前峰の洞窟から、雲気が立ち上り、雲間から天女が舞い降り、琴の曲に合わせて、舞ったという伝説に基づくという、なかなかロマンチックな話。

このことがわかっていないと、この歌が、その伝説を踏まえて詠まれたことが全くわからない。よって、解釈は、「空吹く風よ、雲の間の通い路を閉ざしてくれ。そうしないと、あっという間に、天女の舞が終わってしまうから、もうしばらく、留めておいてくれ」という感じ。

この僧正遍昭は、俗名良岑宗貞と言い、桓武天皇の孫にあたり、親の職業を継いで、蔵人頭になり、仁明(にんみょう)天皇に仕え、その学識の豊かさで愛された。五節舞も、彼が天皇に勧めて、行われたという。ただ彼は権力とは距離を置き、天皇から政治がらみの質問を受けても、複雑な立場上、決して答えなかったという。

この頃の天皇の系譜を示せば、五十代が桓武天皇で、五十一代が、彼の息子の平城天皇、五十二代は、平城天皇の兄弟の嵯峨天皇、五十三代は、同じく兄弟の淳和天皇と続く。五十一代から五十三代まで兄弟なのだ。

そして、五十四代には、嵯峨天皇の皇太子が、仁明天皇になる。そこから、妙な葛藤が始まる。すなわち、ここら辺の人間関係は複雑で、いろんな政争が起こっている。例えば、淳和天皇の恒貞親王は、後、謀反の汚名を着せられて僧になっている。

良岑宗貞は、仁明天皇に仕えていたから、中途半端に発言できない立場だったから政治的発言を控えたのだ。それでも、淳和天皇の皇后は、彼を嫌ったという。ついでに記せば、平城天皇の孫である在原行平、業平兄弟も、政争の憂き目にあい、地方に飛ばされている。

この歌は、まだ出家前の歌であるが、この歌を詠んで、一年後ぐらいに、仁明天皇が亡くなっている。天皇が亡くなられると、それを哀しんで出家。しかし、これは単なる出家というより、新しい勢力に追い出される前に、自ら避難したのが真相だろう。それでも、後、彼は遍昭と称し、やがて僧正になった。

ところで、良岑宗貞は、色好みだったから、この歌を詠えたということもできる。まあ、五節舞を御覧になっている方々は、皆、そういう気持ちだっだろうから、彼が代表して詠んだとも言える。これだけでなく、彼には、面白いエピソードがたくさんある。

次回に続く。

*注 五節会を次に示す。

  元日節会 一月一日

  白馬節会 一月七日

  踏歌節会 一月十四日~十六日

  端午節会 五月五日

  豊明節会 十一月中の辰の日

| | コメント (0)

2010年12月 3日 (金)

資金四・三・三の法則

先人の経営者たちは、いろんな経験から、それなりの法則を編み出してきた。それが絶対的なものかと問われれば、流風には答える資格はない。今回は、法則で同感できるものを紹介しておく。

それは表題に挙げた「資金四・三・三の法則」である。難しい会計の話は、わからなくても、資金の配分については、この点を押さえておけばいいとする。意味は、最初の四が、事業を意味する。そんなことを言えば、事業にすべてをかけるのが経営者ではないかという声がするかもしれない。

確かに事業担当者は、それでいいかもしれないが、経営者は、別の視点が常に必要だ。それは醒めた視点である。事業というものは、必ずしも成功するとは言えない。常に危険を伴う。成果が出るかもしれないが、失敗する可能性も、同じくらいある。

経営者は、あまり熱くなってもいけないのだ。もちろん、事業の責任者や従業員には、成功するように厳しく追及する。その上で、経営者は、失敗した時のことも考えておく。だから、事業に賭ける比率は40%なのだ。

次の三は、流動性の高い資産である。預貯金や優良株式などすぐ換金できるもの。その次の三は不動産。今の日本は、不動産の価値は不当に貶められているが、いずれ適正な価値を生む時代が来る。そういうサイクルがある。

いずれにせよ、事業が失敗すると、投資金額を失うだけでは済まない。その時、預貯金や不動産があれば穴埋めできる。ところが、日本の中小企業は、借金体質で余裕がない。こんなことを続ければ、いずれ破綻するのは明らか。もう一度、事業経営とは何なのか考える必要がある。

中小企業の経営者の危機管理は、必ずしも十分ではなく、事業の比率を高め過ぎて、破綻する企業が絶えない。事業への思い入れはわかるが、常に醒めた視点が望まれる。そういうことができない方は、サブの副社長に、文鎮になってもらい、事業の暴走を止めてしまうような仕組みにするしかない。でも、基本的には、経営者の自覚が求められる。

| | コメント (0)

2010年12月 2日 (木)

手焼き煎餅の思い出

流風は、子ども時代から、煎餅類が好きだ。あれをばりばりと音をさせて食べるのが快感だった。当時、五円とか十円を握りしめて、駄菓子屋さんに直行して、あれやこれや一応迷うのだが、結局、煎餅を買っていた。甘辛く味の付いた丸い醤油煎餅が好きだった。

そういうものは、今でも、売っているが、舌の記憶と少し異なる。あの煎餅の味には、なかなか出合えない。みりんの配合が微妙に違うのであろう。少しの加減で、煎餅の味は変わる。あの煎餅の味は、二度と味わえないかもしれない。

ピーナツなどが入った甘焼き煎餅も好きだった。時々、親と街に出て、煎餅の実演販売をしている店の前を通ると、じっと見入って動かなくなるので困ったと父が後年、言っていた。これは食べたいこともあるけれど、煎餅が作られる工程が面白かったのだと思う。

それに、おかき類も好きだった。おかき屋に勤めていた親戚が正月を過ぎると、割れのおかき類を、たくさん袋に詰めて、持ってこられるので、毎年の楽しみだった。基本的に、おやつは母が厳しく制限していたので、このおかきは正直うれしかった。

もちろん、すべて与えられるわけもない。十時と三時に、適切なおかきを選んで、量も調節して、母が与えてくれた。まあ、流風の比較的スマートな体型は、子ども時代の厳しいおやつ制限が寄与しているとすれば、母に感謝しなければならない。

また正月明けには、角餅を薄くスライスして、網で焼いた素朴な、おかきも好きだった。ところが、ある日、友達の家に行って、少し甘いおかきをもらった時は、衝撃だった。こんなに美味しいものが世の中にあるのかと(笑)。

そういうものは、今でも、スーパーでも置いてある。当時と同じものに近いものもある。買い物に行くと、ついつい買ってしまう。だが、最近、少し違うのだが、美味しいおかきを発見した。比較的ふわっとした食感で、ほの甘い「あま焼」(植垣米菓製)というものだ。以前紹介した鶯ボールを作っている会社のものだ。何とも言えない食感だ。

いずれにせよ、煎餅好きは、一生止みそうにない(笑)。さて、本日は、どの煎餅を頂くとするか。

| | コメント (0)

2010年12月 1日 (水)

長年の習慣・電気行火を止める

流風家は、両親も寒がりだったが、流風も寒がりだ。それは血筋なのか、食べ物が影響しているのかわからない。暑がり、寒がりは、身体が強くないと言われるから、その通りかもしれない。

夏の暑さには、何とか耐えられても、歳と共に、寒さは、より厳しくなるが、寝間の足元に行火の習慣は子供の頃からだ。冬、寝間には、いつも行火かあった。小さい子どもの頃は、湯たんぽだったと思うが、その後、豆炭の行火に代わり、いつ頃からか電気の行火になった。

でも、行火をしても、足先は暖かくても、身体全体は冷えを感じることが多かった。結局、毛布を重ねたり、電気毛布を使ったり、毎冬、いつも対策に頭を痛めてきた。

ところが、先日、健康番組を視て、ヒントを得て、思い切って、今冬は行火を使うことを止めてみた。冬と言っても、まだ日は浅いが、朝夕は、かなり冷える。それでも、行火の使用を止めてみると、意外なことが分かった。

つまり朝起きても、身体が冷えていないのだ。就寝中に、寒さで目覚めることがずいぶん減った。朝起きると、身体が、ポカポカしている。別に、布団も、毛布も変わったわけでもない。目覚めも、すっきりしている。

こうなると、長年使ってきた電気行火は、一体何だったんだろう。もちろん、もっと寒さが厳しくなったら、行火なしで耐えられるかは、わからない。でも、当面、行火なしで過ごしてみようと思う。それにしても人間の身体は微妙だ。そして習慣は恐ろしい。

| | コメント (0)

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »