« 僧正遍昭のにぎやかな人生(一) | トップページ | 僧正遍昭のにぎやかな人生(二) »

2010年12月 5日 (日)

機密とは何なのか

ウィキリークスが、米外交公電機密の漏洩を暴露して話題になっている。具体的な内容は、一部しか知らないが、マスコミが報道している限りでは、本当に機密と言えるかどうか。内容は笑えてくる。

そういうと、企業に勤めていた時、何でもかんでも、マル秘扱いする上司がいたが、そのほとんどが誰でも知っている内容で、ライバル企業では常識だろうと思われるものがほとんどだった。知らないのは、あんただけだろうと言いたくなったぐらいだ。

そもそも、機密と言えるものは、そんなには存在しないと思う。だが、人が隠せば、その情報を知りたくなるのは当然。でも、知ったところで、内容がないことも多い。機密とは、当人が、そう思った段階で、すでに洩れているかもしれない危ういものだ。

もちろん、企業にとって、特殊な技術情報とかは秘密にしたい気持ちはわかる。ところが、例えば、ある企業が新規に開発した技術が、その企業で十分に活かされるかというと、必ずしも、そうでない事実もある。案外、特許などで公開して、他社も、それを基に新しい技術を開発して、切磋琢磨する方が、新しい市場ができて、自社にも望ましいことが多いものだ。

このことは政治でも同様で、今の時代、何が機密で、何が機密でないと、どこで線引きできるだろうか。外交的駆け引きでは、確かに対象の国家のキーマンのあらゆる情報が必要なのはわかるとしても、案外、公開情報の分析で、結構、わかるものだ。

確かに、速く知ると言う時間的差異はあっても、今のようなネット時代には、噂のような機密はあっという間に皆に伝わるものだ。もちろん伝わった時点で、当然、機密の意味はなくなる。機密を隠すとは、なかなか難しいものだ。それはスキャンダルと似ている。

それに秘密にしたつもりが、いつの間にか公開されているのが今の世の中。ネットで匿名なんて言っても、あの尖閣諸島事件のビデオ流出の匿名の犯人を政府は、あっという間に見つけ出した。ネットに情報を載せる限り、当人は非公開のつもりで、いかに秘密にしたつもりでも、それは形だけのもので、実質はオープンにしていると考えるべきだろう。

だから、本当に機密にしたいことは、情報システムに乗せないことだ。つまりオフラインにするか、頭の中に隠すことだ。いずれ、それさえも分かる技術が開発されるかもしれない。あまり、機密というものは当てにならないことを知るべきだろう。でも、人は機密にしたいと思うのは、一種の本能かもしれない。よって、今後も、機密の暴露は起こりうる。

|

« 僧正遍昭のにぎやかな人生(一) | トップページ | 僧正遍昭のにぎやかな人生(二) »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 僧正遍昭のにぎやかな人生(一) | トップページ | 僧正遍昭のにぎやかな人生(二) »