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2010年12月 8日 (水)

僧正遍昭のにぎやかな人生(四)

宗貞には、次のような話もある。宗貞が出奔して、行方不明になって、宮中では大騒ぎ。今は亡き仁明天皇の后も、いろいろ伝手を使って探し出す話もある。ここでは、小野小町との遭遇を記しておこう。小町が清水寺に参籠していた時、朗々として読経する声が聞こえてくる。

彼女は、声の主が、ただ者でないと悟り、探ってみて、遍昭(宗貞)と見当をつける。そして、人を使って文に歌を付けて遣わす。それが次の歌。

  岩の上に 旅寝をすれば いと寒し

      苔の衣を われにかさなん

『後撰集』に収録されている、この歌の意は、「岩の上の寺に旅寝をしていると、大変寒いので、あなたの僧衣を貸して頂きたい」と。女性が、男の僧衣を貸せなんて、無理難題。もちろん、小町は、そのことはわかった上で、元は好き者で出家をした遍昭を試している。嫌な女性だな(笑)。これに対して、遍昭は次のように返す。

  世をそむく 苔の衣は ただ一重

      かさねばつらし いざ二人寝ん

『古今六帖』に収録されている、この歌の意は、「世を捨てて出家した僧の衣は一枚以外に何もなく、そうかと言って貸さないのも悪いので、二人一緒に寝ませんか」と返した。これは多分、小町の期待した以上の返歌であろう。

俗を捨てつつ、俗を理解し、禅問答に近い応え。これほど短期間に、禅の修行を成し遂げたとは感心する。やはり遍昭はただ者ではないのだろう。遍昭の一本勝ち(笑)。ところが、小町が、この歌を受け取って、会いに行くと、遍昭は立ち去っていたという。最早、俗世と、つまらぬ関わりは避けたいと思ったのだろうか。

それにしても、遍昭の人生の、前半と後半では、全く違う。それは『伊勢物語』の主人公の在原業平(*注)と同様である。人間、歳が行くと、あちらの世界に足を踏み入れた気分になるのだろうか。それは人生の前半に、派手な出来事が多かった人ほど、そうなのかもしれない。

*注

『伊勢物語』は、全てがすべて、在原業平の行状とは思えないが、後半を読むと、前半の男女の相聞とは違って、随分と人生の空しさを示している。

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