« 最近の冬の料理 | トップページ | 税制改革2011 法人税私見 »

2010年12月11日 (土)

料理の上手下手

最近は、結構、自分で料理する流風も、やはり料理の上手な女性は、よく映る。それに比べて、料理が下手な女性は、いかに容姿がよく頭がよくても魅力がない。料理は感性。それから人間性さえも、透けて見えてくる。

もちろん、基本的な技術力は習えば養われるが、料理は、全体をデザインするセンスが求められる。料理は、その人間性がよく出る。それは、ある意味、文化だ。そうかと言って、外食やグルメが好きな人が、必ずしも料理が上手とも言えない。

調理に対する想像力が働かなければ、自分の文化にはできない。やはり、料理下手な女性は、どこか劣るような気がする。それが何が原因なのか、よくわからないが、基本的に料理の持つ意味を、わかっていないのではないか。

人間にとって、食べると言うことの重要性が、理解できていない。もちろん、料理のような、細々とした作業が嫌いなのかもしれない。子どもの時の躾不足の可能性もある。勉学が優秀であれば、料理なんて、できなくてもいいと考えたかもしれない。

実は、母も料理が下手で、父から「お前は研究心が足りないんだ」と言って、母の怒りを買い、よく一悶着起こして、ストライキしていた。父もいけなかったと思う。母が珍しい料理をしても、貶すだけで褒めないから、作り手は挑戦意欲が萎えてしまう。

でも、母は基本的に料理はあまり上手ではなかったようだ。だから、流風も友達の家に行って、御馳走を提供されると、世の中には、こんなに美味しいものがあるのだとよく思った。家に帰って、母に同じものをねだっても、出てくるものはまったく違い、美味しくないことが多かった。

この原因は何なのか。やはり父の指摘通り、料理の基本技術と研究心のセンスが欠けているのだと思ったものだ。最近は、多くの料理本やネットで多くのレシピが紹介されており、本人が、その気になって作れば、それなりのものができる。

しかし、それで止まるならば、所詮真似。技術向上は、最初は真似から始まるのは事実だが、それで満足すると、進歩はない。微妙な味を感じ取る能力とセンス、そして新しいことに挑戦する意欲があって、はじめて、自分らしい料理ができる。

その上で、それぞれの家の料理文化を継いで発展させることをしないと、面白くない。ただ美味しい料理を提供すればいいというものでもあるまい。今、どれくらい愛情と使命感をもった女性がいるのだろう。料理を軽視していないか。どうも、料理の上手下手は、そこから始まりそうに思う。

|

« 最近の冬の料理 | トップページ | 税制改革2011 法人税私見 »

医・食・健・康」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 最近の冬の料理 | トップページ | 税制改革2011 法人税私見 »