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2011年1月 5日 (水)

平成23年の干支~辛卯

今年、平成23年の干支は、辛卯(しんぼう、かのとう)だ。干支では、今年、どんな年になるのだろう。占いと言えばそうだが、干支の持つ周期というものは、何となく多くの人が感じていることだろう。周期は12年ごとだったり、60年だったりする。

それでは、今年も、兵庫県立図書館より干支の資料を頂いたので、それをベースに記してみよう。まず、辛卯の「辛」は「金の気」であり、「卯」は「木の気」であるという。この組み合わせは、「金は木に勝つ」という「相克」を表す。また見方を変えれば、金が木を加工して、製品にして、木の性情を活かすという風にも捉えられる。

また、「辛」とは、「新」のことらしい。すなわち、草木が枯れ果てて、また新しくなろうとすること。「卯」は、「茂」で、草木が地面に茂る、すなわち覆う状態のこと。二つを一緒にすると、昨年「庚寅」で、「新しく動き出した」ことが、今年は、根を張り、枝を伸ばして拡がっていく様子だ。

そういうと、数年前、豊後梅の苗(とは言っても、60センチばかりの棒きれのようなものだった)を購入して、一年目は、頼りなく少し根を張り、芽を出すだけだったが、二年目に少し日当たりのよいところに移して少し大きくなった。三年目に更に、土の状態のいい所に移植した。そうすると、枝葉の勢いは急に増し、あっという間に大きくなった。

少しして、他の木の関係で、少し移動しようとしたところ、しっかり根を張り、もうどうすることもできなかった。多分、今年は、割と多くの花を咲かすのではなかろうか。地域によっては、もう花を咲かせているようだが、まだ芽も小さい。少し先のようだ。

辛卯とは、去年のような枝ぶりの成長の感じのような気がする。ただ歴史的に見ると、いいことばかりでもなさそうだが、それを契機に、いろんなものができているのも事実だ。いろんな困難なことが起こり、それに対して、対策を練る。それは今も昔も変わらない。

例えば、1591年に、秀吉が朝鮮出兵を決定している。褒賞の限界という国内の事情がそうさせたのかもしれないが、豊臣家の没落を早め、徳川の時代になる契機になった。長年、耐えに耐えてきた徳川家の勢力は、豊臣家のそれを凌駕し、関ヶ原の戦いで天下を握った。

また、1651年には、由比正雪の乱がおこっている。これは幕府の大名取りつぶし政策によって失業させられた浪人の反乱だ。ただ、この反乱計画は内部のリークで、取押えられ、鎮圧された。だが、これを契機として、幕府の方針が変わり、大名の取りつぶしがなくなり、浪人の仕官の道も開かれる結果につながる。

そして、1771年には、杉田玄白が『解体新書』の翻訳に取り組んでいる。人体の内部を見る機会を通して、記載されている外国の医学書が正確で、それが翻訳をする動機づけになる。これは日本の医学界を飛躍的に進歩させただろう。

更に1891年(明治24年)には、濃尾大地震が起こり、多くの人々が亡くなり、負傷している。これを機に、文部省内に、「震災予防調査会」が設立されている。これは関東大震災後に作られた地震研究所に引き継がれている。そして、現代にも、その流れは続き、まだ不明な点も多いが、地震の研究はレベルアップしている。

戦後では、60年前の辛卯だった1951年(昭和26年)には、サンフランシスコ平和条約(対日平和条約・日米安全保障条約)が結ばれている。これが敗戦後の日本の再興の契機になったのは確かだ。

この周期は何を意味しているのだろうか。日本は、後年、今年は、新しい時代のスタートとなったと感じる時が来るかもしれない。国も、国民も、そういう時に生きていることを認識して、それぞれの世代で、次世代、次々世代に伝えられるものを作り上げたいものだ。

*平成23年12月19日

年末も押し迫り、今年も終わりに近づきつつある。今年は、東日本大震災、福島原発事故と、日本にとって、大変なことが起こった。凡そ、干支の示す通りかもしれない。これからも被災者だけでなく、厳しい道程かもしれない。皆で力を合わせて、一歩ずつ這い上がるしかない。そして、自然災害では、もっと大変な国もあることだし、新しい知恵を世界に伝える義務が日本に課されている。

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