« 言論の自由と自己規制 | トップページ | 恋愛の芸術 »

2011年1月28日 (金)

売家と唐様で、、、、

よく知られた川柳に、「売家と唐様でかく三代目」というのがある。初代が、血のにじむような努力で築き上げた身代を、二代目は、親の姿を見ているから、何とか持ちこたえるが、三代目になると、創業者の苦労は全く知らないから、遊びに明け暮れ、身代を滅ぼしてしまう。確かに、道楽・文化・教養は備わっているから、自分の家を売りに出すにも、その文字は唐様と凝っている。うまくからかった川柳だ。

これは現代日本を物語っていないか。終戦後の焼け野原の中を、各界の諸先輩方は、リーダーシップを発揮して、かなり無理をして、がむしゃらに国を再建してきた。そして、国民も、働き過ぎと言われるほど働いて、それに応えてきた。しかし、それも65年以上も経つと、その努力も忘れてしまうらしい。

バブル崩壊という、二度目の敗戦があったかもしれないが、戦後の廃墟から比べたら、大したことがなかったのに、本当に血の滲む努力で、再生しようとしたか。当時の政府が、やったのは、身の程を知らずのバブル時と同様の予算、いや、それ以上に組もうとした。つまり過大な財政支出と大幅な減税だけだ。大国意識が抜けきらず、20年以上も、同じことを繰り返す愚。

これは政治家と官僚の責任というかもしれないが、政治家を選んだのは、国民だ。それは国や地方にぶら下がる地方や企業が、当時の政権与党の自民党(後には公明党も)国会議員の足下を見て、たかり、選挙とバーターした結果だ。その流れを民主党政権になっても、政策の違いはあっても、まだ引き継いでいる。

特に、地方の放漫経営は、今でも目を覆いたくなるものだ。地方の時代とか、地方主権とか言うけれど、放漫経営のままでいいのか。国会議員も、選挙のために、地方に税金を投入し続けたツケは大きい。公共投資は確かに減ったが、議員の高い俸給・歳費などの人件費には、あまりメスが入らず、既得権を守ろうと必死だ。地方にぶら下がっている特殊法人に対する天下りは今も改まらない。

そして結果的に残ったのは、国の過大な借金だ。地方と国と合わせて、一千兆円の借金。海外債権や資産があるから、まだ大丈夫などと呑気なことは言っておれない段階にある。一体、何が、問題なのか。一票の格差が大き過ぎて、地方の政治家が多すぎるのが問題だが、なんだかんだと言って、修正しようしない政党も悪い。

しかし、もう、そんなことを言っておれない。早急に国民は政治家に圧力をかけて修正させねばならない。国民の反省としては、目先のことに捉われて、政治家の主張や動きを何もチェックして選ばなかった結果、結局、最終的に難儀が国民に降りかかってきたのだ。

しかしながら、最早、多くの予算で食っている公務員も、うかうかとしておれないだろう。ギリシャのようにならないと誰が言えようか。ギリシャとは国の状態が違うと言って、決して安心できる状態ではない。茹でカエルになりかねない。

近い将来、想定される地方公務員のリストラ。残った公務員も、ボーナス全額カット、俸給3割カット、退職金の支払い延期、年金カットも十分考えられる。現在、倒産企業と同じで、俸給を支払っていること自体、無理があるのだ。国民としては、公のリストラが進めば、公共サービスの低下は免れないのは仕方ない。不足は、ボランティア活動やタイガーマスク運動のように、より相互扶助で補っていくしかないだろう。

国会議員も、財政の立て直しについて、重要な議論は何もせず、政治闘争ばかりして、何をしているのかわからない。やはり国会議員も、法律の改廃を通した時のみ、俸給が得られるような仕組みに変更しなければならない。いずれ、それに反対する議員は落選させるしかない時が来る。

議員は、限りなくボランティアに近くなるだろう。昔は、政治家になれば、家産を失うと言われたものだ。本来の姿に戻るべきだろう。それが嫌なら、政治家にならなければいい。全ての政党も国会議員も、早く目を覚まさなければならないだろう。

ところが、政治家は危機感が足りなさすぎる。歳出削減させるどころか、毎年、予算を肥大化させる愚。民主党政権も、マニュフェスト(国民の多くがマニュフェストを支持して民主党に投票していないだろう。単に自民党政権に飽き飽きして、変化を求めただけだ)に捉われて、政策を無理やり推進しようとしている。

しかし、最早、新しい政策が打てるほど、どこにも財源はない。日本は、最早、大国ではないのだ。まず議員は大国意識を捨てる必要がある。内外にバラまくなど、いい格好するのはいい加減に止めるべきだろう。

また地方議員に至っては、実質、何も議論していない地方議会の現状を見れば、その必要性は薄い。議員の定数を大幅に削減して、俸給を半減させるべきだろう。大半は、ボランティア議員で十分だ。

もちろん、これらだけでは、国の財政危機は救えないかもしれない状況だ。つまり歳入を増やすための手を打たなければならない。増税のための税制の大幅な見直しは必要だろう。まず各種税制を見直し、概ね1990年以前の税制(所得税、法人税、財産諸税)に戻す必要がある。これは増税ではない。元に戻すだけだ。マスコミは、あまり騒がないでもらいたい。

更にキャピタルゲイン課税も強化すべきだろうし、新税としては最近論議されているペット税も必要だろう。今まで黙認されてきた宗教法人に対する課税も必要だ。今は、国にお布施が必要なのだ。不労所得に税をかけるのは当然だろう。また地方税としては、増収効果は薄いとされる固定資産税の引き上げも求められる。

消費税増税は、いろんな意見があるが、人口構造がピラミッド型から逆ピラミッド型に変わったことによるひずみを是正するため、社会保障の現役世代の過負担緩和のためにはやむを得ない。但し、諸外国と比して税率が低いというような、まやかしの説得は止めておいた方がいい。日本は、準消費税が多いから、それらを含めると、そんなに低くない。あくまで、人口構造の歪み是正のためとすべきだ。これは日本の特殊な事情によるものだ。

ただ、菅首相は、増税の前に解散するとしているが、増税してから(増税の筋道、日程を決めてから)解散すべきだろう。選挙してからだと、また増税ができなくなる可能性があり、日本の財政危機はますます深まるからだ。社会保障の体系を作りなおして、増税を決めて解散することが国のためだ。それだけで、菅首相は役割を果たしたことになるのだ。

後は、郵政の早期上場をさせて、歳入を増やすべきだろう。いつまでも、引き受け比率が高い国債の引受機関として、残そうとする、財務省のもくろみは危ういと言うべきだろう。民間経営に任せるべきは任せて、国債を引き受けるかどうかは、他の銀行同様、彼らに判断させればいい。

一般国民も、経済財政大臣が言っていたように、年金の支給年齢引き上げが想定される。ただ、あまり引き上げると、年金の意味が無くなる。大臣は、寿命が90年の時代に必要だと言っていたが、そんなに平均寿命は伸びないと見る。ただ後期高齢者の年金上限キャップ方式の導入もあるかもしれない。

歳出の削減と同時に歳入の引き上げは、もう待ったなしなのだ。子孫に借金を残してはいけない。彼らに過酷な生活をさせてはいけないだろう。民主党も、借金を増やして、新たな政策を打つのは諦めた方がいい。子ども手当も、当面延期すればいい。説得すれば、国民は納得する。

これらにすべて、手を打てば、海外の格付け機関も再評価して、国債の格付けが上がる可能性は高い。だが、与野党も、国民も、甘えは許されるほど時間はない。いずれにせよ、これらのことを実行して行かないと、日本の未来は危うい。これらのことに手を打てれば、何とかなるかもしれない。いつまでも楽な夢を見ず、皆が目を覚まそうではないか。

|

« 言論の自由と自己規制 | トップページ | 恋愛の芸術 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 言論の自由と自己規制 | トップページ | 恋愛の芸術 »