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2011年1月 7日 (金)

『東海道五十三次と浮世絵名品』展を鑑賞

年明け早々、明石市立文化博物館で開催されている『東海道五十三次と浮世絵名品』展(平成23年2月6日まで)を鑑賞してきた。各種浮世絵、約220点が展示されており、正月ということもあり、比較的多くの人が熱心に鑑賞していた。

この展覧会は、浮世絵の中で、歌川広重と葛飾北斎の東海道五十三次の作品にスポットをあてたものです。これだけ、揃った東海道五十三次の浮世絵を鑑賞するのは初めてだった。その他にも「旅模様・東海道中膝栗毛」、「ゴッホと広重」、「黄金期の浮世絵アラカルト」、「幕末バラエティー」というテーマで、各種浮世絵が紹介されて、見ごたえがありました。

浮世絵は、わからないことが多いですが、国際浮世絵学会常任理事の中右 瑛氏による、わかりやすい解説は、初心者には、なるほどと思わせます。ただ、絵が小さいため、じっくり鑑賞するには、時間がかかる。止む無く、当日は、図録を購入して、予備知識を習得して、再度訪問しようと思っています。

さて、浮世絵のできた経緯は、どんなことだったのだろう。江戸時代、悪所と呼ばれる場所があった。悪所とは、遊蕩する場所のことだ。それは遊里や歌舞伎が主体だった。江戸時代は、封建制の秩序があったが、悪所は、身分の違いに関係なく出入りできた。これは幕府が考えた庶民のガス抜きの手段であっただろう。

武士は封建時代の儒教の堅苦しさから逃れ、庶民は理想的な生き方とされた仏教の教えの堅苦しさから逃れ、羽目を外す。人間というのは、そうしたものだろう。いつもいつも儒教や仏教的な生き方では、息が詰まってしまう。

もちろん、庶民の息抜きや破目を外すために、祭り等で男女が交わったのも、一つの機会であったろうが、遊里は日常的に、男女の交渉事が可能にしたし、歌舞伎は女性にとって、妄想的プラトニック・ラブを楽しむ機会であったろう。そして、浮世絵は、そういう時代の雰囲気を如実に表している。

まず、その悪所を最初に題材にして浮世絵を描いたのが菱川師宣とされる。これは現代で言うブロマイドのようなもので、モデルを忠実に描くことを求められた。いわゆる、静的な表現だ。

その後、元禄時代は、経済も爛熟(今で言うバブル状態)して、そういうものでは顧客に満足されないようになったか、興行者側の要望によるものか、目を引くものに大きく転換される。それが悪所の様々な動きの一部の場面を切り取ったのが浮世絵につながる。更に動的かつデフォルメされた表現に発展する。

その手法を東海道五十三次の浮世絵でも、見てとれる。当時の旅行ブームに応じて、旅行案内のような浮世絵だが、必ずしも、実際とは同じようには描かれていないものもあるという。むしろ、描き手が見聞きしたことに想像力が付加されている。これは西洋の絵(実は、浮世絵の影響なのだが)にも通ずるもので、描き手の意思が表現されているのは面白い。これが現代だったらクレームものだ。

それでも、実際、悪所や旅行に行けない人々にも、楽しみを提供し、江戸時代の一つの庶民文化を形成したことは確かだろう。浮世絵のことは、なかなか素人にはわからない面が多いが、いろいろ当時を推理することは、ミステリーより楽しいものだ。

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