« 天は二物を与えず | トップページ | 売家と唐様で、、、、 »

2011年1月27日 (木)

言論の自由と自己規制

現在の日本は、性情報が氾濫して、東京都では、都が、公序良俗に反するマンガを規制しようとしたら、言論界から、言論の自由を阻害するものだとして、反発している。何でも、言論の自由としてしまうのは行き過ぎではないだろうか。自由というのは、常に自己規制という義務が伴う。それを無視すれば、いずれ強い規制が課される可能性が高い。

自由を守るのは、自らの姿勢であることを理解していない。言論界には、若干の危惧を感じる。それはマスコミにも言える。大所高所から報道しなければならないのに、近視眼的報道になっていると、いずれマスコミ規制が強くなるだろう。

その辺の危機感が、これらの業界にも足りないように思う。自由を謳歌するには、責任を伴うことを忘れてはならない。自由とは、何でも許されることではない。自由にもルールがある。

何でもかんでも、無責任に自由を乱用していては、いずれ暴走して、予想以上の規制がかかる。これは歴史的に明らかだ。それは業界にとっても最悪だろう。自由を守るには、自己規制の大切さを知るべきだろう。

|

« 天は二物を与えず | トップページ | 売家と唐様で、、、、 »

マスコミ評論及び各種書評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 天は二物を与えず | トップページ | 売家と唐様で、、、、 »