« 民衆が目覚めた中東のこれから | トップページ | 学者の信念 »

2011年2月 2日 (水)

年相応の服装

若い頃から、ファッションには、全く無関心だった。多くの女性の先輩たちから、若い娘たちは外見で判断するから、それなりのファッションは必要と言われたが、馬耳東風(笑)。それにサラリーマン時代は、スーツがあれば、十分と思っていた。

その後も、母からは、年相応の服装をしなさいと再三再四言われたが、あまり聞かなかった。母が、それなら私が見立てして買ってあげると言った時は、父が、怒り、本人に任せよと言って反対した。服ぐらい稼ぎもあるのだから、自分で買えというのが父の意向。仕事人間の父も、ファッションには晩年まで無関心だった。

確かに、仕事時間の多くはスーツだったし、遅く帰れば、私服が必要なのは、休日だけ。買い物に行くには、そんなに服装は構わないから、ほとんどファッションに無関心だった。ただ見合いの話が来た時は困った。

最初はスーツでもいいが、二回目に会うとなると、スーツでは盛り上がらない。それでも、大した服も買わず、見合いに臨んだが、今から考えると、相手は嫌そうにしていたようにも思う。もちろん、原因はそれだけではない。仕事以外のことは何も知らないから、若い娘さんには、苦痛だったのに違いない。

その後、私生活で色々あって、はじめて、百貨店のバーゲンで服を買うようになった。最初に買ったのがスーツ。それまでも、何着かは持っていたが、まともな物はなかった。そこでたまたま行った百貨店の紳士服バーゲン売り場で、三つ揃えのスーツを買った。

店のおばさん店員に見立ててもらって、一着一万円だったと思う。裾上げ、ネームなどを注文し、後日引き取ると、結構、物がよい割に安かったと気づいた。会社に着ていくと、えらいカネ回りがええやんとか、部長よりいいものを着ているなとからかわれた。

これで若干、ファッションには目覚めたかもしれない。人は、褒められると、その気になる。しばらくして、同じ百貨店で、初めてブレザーも二着も買った。でも、それ以来、全く、その類の服は買っていない。

再び、仕事人間に戻り、以前の、ファッション物くさ太郎に戻ってしまったのだ。その時買ったスーツもブレザーは今も、体型が変わらないので、着ることができる。スーツを着る機会は、ほとんどないが、ブレザーは冬の期間、未だ着用している。あれこれ、もう20年近くなる。

ただ、一着の方は、やや縮んでいるようなので、少し着にくい。重い腰を上げて、新しいブレザーを買おうかなと思っている。まず、タンスのほとんど着ることの無くなった不要のスーツを処分しよう。ただ、今の年齢に合った服装というものは、どういうものがマッチするのかわからない。

神戸に住んでいた時は、都市だから、変な服を着ても目立たないが、地方では、浮きあがって目立ってしまう。しかし、地方で定着している、あまり地味な物では、老けこんでしまうような気がする。どなたか、アドバイスしてくれないかな。目立たなくて、それなりに主張できる服装!

|

« 民衆が目覚めた中東のこれから | トップページ | 学者の信念 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 民衆が目覚めた中東のこれから | トップページ | 学者の信念 »