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2011年2月28日 (月)

曽根天満宮の梅

自宅の梅は、まだ咲かないが、曽根天満宮で梅祭りが催されているとのことで、参拝してきた。約40種200本、植えられているらしい。様々な梅が咲いており、なかなか見ごたえがあった。

この神社の謂われは、道真公が、冤罪を蒙り、九州大宰府に流された時、その途中で、伊保港に寄港され、里人に梅井の清水を教えられた。そして、日笠山に登られ、その景色を称せられ、小松を植えられたとのこと。

この松は、霊松曽根の松と呼ばれるが、残念ながら、秀吉による播州攻略の折の天正の兵火で衰弱し、枯死している。実生から育てた松は2代目になり、昭和27年に枯死している。その後もたびたび枯死し、現在は、5代目らしい。松は育てるのが難しいが、戦後、長生きしていないのは、何らかの問題があるのかもしれない。初代の松は、保存されていた。

この神社は、そういうわけで、どちらかというと、霊松の神社だが、彼が大宰府で詠んだ和歌「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春なわすれそ」により、梅が、崇敬者により、献木された結果、多数の梅の神社になったようだ。

社殿については、道真の左遷後、彼の四男、淳茂公が、道真縁の地に社を創建したと伝えられている。天正の兵火にて消失したが、徳川時代に入り、姫路城主池田輝政の室、督姫により、拝殿が建立され、その後、境内の大普請などがされて、京都所司代板倉勝重は境内保護の制礼を下す。代々、徳川家には、大事にされたようだ。

さて、その梅の系統は、野梅性、紅筆性、難波性、豊後性、杏性、紅梅性で、埋め尽くされていた。当日は、接待(有料、200円)もあり、梅昆布茶・梅鉢饅頭(*注)を賞味。梅昆布茶は、上品な味で美味しかった。3月20日頃まで、見頃か。3月25日、26日には、春祭りが催されるらしい。

*注

梅鉢紋は、曽根天満宮のもので、他の天満宮(星梅鉢北野天満宮、幼県剣梅鉢防府天満宮加賀前田家、梅花鉢大宰府天満宮)のものと微妙に異なるようである。

*参考

    曽根天満宮  http://www.tenmangu.net/

   山陽電車 曽根駅下車すぐ

   他の駅にも寄るのなら、三宮・姫路間の1日フリー乗車券1400円が、お得。

   中途下車ができるので便利だ。

 

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