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2011年3月 9日 (水)

本物の料理

親元を離れると、若い時は、どうしても外食に依存しがちだ。そして、質より量を求める。最近は、美味しさを求める人もいるかもしれないが、そんなに気にしない人が多いのではなかろうか。

ところが、ある年齢に達すると、味が気になるようになる。ただ、味を感じることはできるのは、子ども時代に、薄味に慣れた人たちのみと言われる。子ども時代から濃い味に慣れさせると、大人になっても、味覚は劣る。だから、子ども時代に、あまり大人の味を体験させるのは、あまりよくない。

さて、流風は、グルメには、あまり関心はないが、時々、外食することがある。一般的な安い外食でないことも、たまにはある。ところが、価格に関係なく、外食が美味しいかと言うと、若干、首をかしげたくなる代物が多い。もちろん、本格的なものもあるが、それは一部だろう。

確かに、昔と比べれば、全般的に料理の質は上がっているように見える。いろんな調味料の普及によるものかもしれない。だが、それは洋食・和食に関係なく、偽物料理に感じられることもある。濃い甘辛い味で、誤魔化すのだ。

そこには、素材の味は、ほとんど無視されている。この程度の料理なら、自宅でも、できる。外食産業は、もっと基本に戻って、素材の味を重視した料理を提供すべきだろう。そうすれば、本物の料理と偽物の料理との差が歴然としてくる。本物の料理は、インスタント化して、偽物の料理と妥協すべきではない。その方が、外食産業にとってもいいと思う。

*追記

中食も、外食と同じ傾向があったが、最近は、一部、改善の方向にある。

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