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2011年4月26日 (火)

過去を形で残すということ

東日本大震災で、流された被災地の捜索において、政府は、写真類は処分せずに残せという指示をしているのには、流風は、正直言って驚いた。流風には、父の教えもあり、そういうものを残す習慣もない。若い時は、学生時代の書籍類を処分せよと言われた時は、少し辛かったが、今では、それもありと思っている。

学生時代の書籍類は、後年、読み直すこともないし、過去を清算するという意味でも、軽くなる。知識は身につけば、学んだ書籍は、もう必要はない。ある意味、ゴミだ。それは写真も同様で、ある時点の印象を写真で残しても、それを保存しておく意味は薄い。だから、一定期間を経ると、整理している。

過去に過剰に思い出を残さず、前を見る。もちろん、時には、一時的に思い出も悪くない。ただ、新しい情報は、自分の持っている情報と組み合わせて消化しながら、新しい知見に高めつつ、古いものに拘らない。父の教えは、そういう所にあったと考えている。

そう考えれば、あまり過去のものを残すことに熱心になってはいけないだろう。ある人は、思い出というかもしれないが、それは歳が行った証拠だろう。新陳代謝を怠れば、若さを失う。あまり過剰に思い出に浸ることがないようにしたいものだ。

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