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2011年4月15日 (金)

過度な電気依存の見直し

電気業界の驕りの典型的なものが、オール電化の推進だろう。他のエネルギー認めず、独り占めしたいという意向が、オール電化だったのだろう。でも、国民にしても、一つのエネルギー源に依存することは、最も危険なやり方。

以前から、電気業者から、度々オール電化の売り込みがあったが、大きな費用がかかることもあるが、流風はずっと断ってきた。やはり、それは正解だったかもしれない。一つの籠に卵を盛ってはならないという教訓もある。

東京圏では、福島原発事故の結果、節電を強いられている。最初は計画停電なるものをやっていたが、とりあえず、それは止めにして、大口消費者には、強制的に節電を強要して法律で罰則を設けて取り締まるという。

でも、どこか変だ。そもそも電気に頼り過ぎた結果ではないか。原発事故が、それに警告を発した格好だ。子どもの頃、父がガスを引くということで、少し揉めた。ガス代は電気代に比して高い。

近所の人からも、お金持ちでもないのに、なぜガスをわざわざ引くのかと、少し皮肉を込めて、母が言われたらしい。しかし、父の方針は変わらなかった。父が言うには、夏は扇風機が無くても耐えられても、冬は、熱源が無いと困る。

また電気が停電になれば、竈で飯を焚くという選択もあるが、煙が出て、近所迷惑でもある。別の熱源として、ガスは必要ということだった。そのため、ガスは子どもの時から付き合いがあり、今もガスは引いている。

オール電化の話もあったが断ったのは、そういうこともある。今も、七輪も火鉢も、使うことはないが、一応置いている。たどんや炭も、少しだけだがある。父が残してくれたものだ。

電気の節電もいいが、別のエネルギー源を持つことも大切だ。冷房は、電気冷房だけでなく、ガス冷房もあるだろう。そして、熱源は季節により、ガスに適宜、使い分けることも有効だ。なぜ、そのことは誰も指摘しないのだろうか。

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