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2011年4月 7日 (木)

複数の巨大災害対応で試された国家力

今回の東日本大地震は、非常に広範囲だが、その復興スピードは、阪神淡路大震災よりかなり早い(ただし、天災と人災の複合型の福島原発除く)。いろいろ批判される管直人首相だが、自衛隊の投入の決断は早かったし、自衛隊の方々は、大変だったと思うが、お陰で比較的早く復興が進んでいると思う(*注)。

阪神淡路大震災の時は、当時の首相が状況把握できなかったため、震災が起こってからの対応は、全く駄目だった。例えば、県の要請が無いと自衛隊の出動命令が出ないということで足止めされ、結局、多くの人が命を失った。平時の仕組みに捉われたからだ。平時と緊急時の対応が違うということができていなかった。

それに比べて、今回の政府の対応は、その反省が生き、正しい決断ができたようだ。もちろん、完全な対応ではなかったかもしれない。しかしながら、これだけ広範囲の災害で、原発の問題も重なり、どのような政権であっても、とても対応できる事象ではなかったと思う。

残念ながら、いかに、阪神淡路大震災以後、巨大災害に対応するような仕組みにしてきたとはいえ、今回は、その規模が大き過ぎる。いろいろ批判はあるかもしれないが、これは、ある意味、国家の力を試されている、大きな政治実験と捉えることもできる。

つまり巨大な災害が重なった時、国として緊急時の対応システムが機能するか試された。そして、結果的には、世界各国の協力を仰がなければ解決しないことも分かった。今後は、日本の強み、弱みを十分理解して、他国と組みながら、日本としてできる、国際貢献に、より力を入れなければならないということだろう。

*注

今回の自衛隊の働きは、素晴らしいし、国民が初めて、身近に、その存在感を感じたに違いない。隊員の方々は、疲労困憊ぎりぎりまで活動されている。ただ米軍の協力を得ないと、これほどの回復は無理だったのかもしれない。

そういう意味では、日米安保条約の実態を初めて目の当たりにしたと言うべきかもしれない。流風も、かつて日本が窮地に陥った時、米国は本当に援けてくれるのか、という疑念を持っていた。今回の大災害で米国の果たした役割は大きい。

ただ、日本は単独で国を守れないのかと思うと、忸怩たる思いもある。また、原発は事故を起こせば、手に余るものだということも明確になった。原発事故の処理にしても、日本だけで処理できなかった。

これが日本の限界ということなのだろうか。否、そうではなく、国際社会で、日本単独で生きていかれないということもはっきりしたということだろう。人は一人では生きていけないとは、よく言うが、国家も同様だ。

と考えると、やはり日本は、以前にも増して、いかに国際社会に貢献して、存在価値を高めていくかという視点を国民全体が再確認する意味では、いい機会であったのかもしれない。不幸を幸に転換させる発想が求められる。東日本の再生も、元に回復させるのではなくて、そういう視点が必要だ。

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