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2011年4月20日 (水)

桜模様の錦の織物

近所の桜並木を歩いていると、先日の雷を伴う強風のためか、桜が散り始めて、花びらが積み重なり、絨毯のようになっている。まだ咲いている桜もあるが、終わりに近づいている。

さて、桜が散るのを惜しみつつ、それを感慨深く表現しているものに、源英明(みなもとのふさあきら)の詩がある。英明は宇多天皇の皇子の御子。

  花飛んで錦のごとし 幾くの濃粧ぞ

  織著るものは春の風 いまだ箱に畳まず

  始めて識んぬ 春の風の機上に 巧なることを

  ただ色を織るのみにあらず 芬芳をも織る

解釈としては、次のようになるだろうか。

「桜の花びらがひらひらと舞い飛び重ね錦のようになり、まるで化粧を重ねたようだ。そのように錦を織ったのは春の風だ。出来上がった錦は、箱の中に畳みこんだりせず、風に任せるままだ。この花の錦を見て、始めてわかったことがある。春風が、優れた機織りであることが。なぜなら、ただ目を楽しませてくれるだけでなく、芳しい匂いまでも織りこんでいるのですから」

なかなか繊細な女性のような感性だ。ただ、流風でも、落ちた桜の花びらを見ていると、何となく、わかりそうな気もします。ただ、英明の思いは、春が終わるのを懐かしみながら、案外、恋愛関係の終わった恋多き女性への想いと重ねているのかもしれない。そのように捉えると、未練を残すという意味で男性的な詩だ(笑)。

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