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2011年4月 9日 (土)

高齢者の被災者住宅の問題

東日本大地震で被災された高齢者の方が、避難所暮らしから、仮設住宅に入居したいと希望されている(*注1)。ただ建設地はなく、十分に建設できない。政府が建設業者に急かしても、建てる場所が無いということは、始めから分かっていたはずだ。

このブログでも、そのことを指摘し、民間賃貸住宅を国が借り上げて、そこに被災者の方を入れた方がいいと記した。被災地を離れると、二度と被災地に戻れないとか、愛着のある土地を離れたくないとか、代々受け継いできた土地を手放したくないとか、いう意見が出てくる(*注2)。

そういう気持ちは分かる。でも、今後、二度と、こんな災害を受けないためにも、後世にも、ここに住んでは危険だという経験が伝わるようにするためには、被災地を捨てて、新天地に移転することも大切だ。もちろん、それまでは、いろんな葛藤があると思う。すぐには決断できないかもしれない。

また、コミュニティの維持に捉われて、仮設住宅をこだわるのがいいのかは疑問が残る。阪神淡路大震災の場合は、仮設住宅への入居に関して、高齢者を優先したため、結果的にコミュニティが維持できず、多くの高齢者が亡くなったとされる。

確かに、病気持ちで自由が利かない場合は、気弱になる面もあるので、その場合は、コミュニティに属している方が安心感があるのも事実だ。そういう面もあるが、高齢者は、その人生の軌跡にもよるが、案外、孤独に強いものだ。

問題は、仮設住宅が住環境として望ましいかと言えば、高齢者には厳しいと思う。阪神淡路大震災で仮設住宅に入居して、多くの高齢者が亡くなったのは、むしろ、そのほうに原因があると思う(*注3)。一時避難所よりはましだが、あの生活環境は命を縮めかねない代物なのだ。いくら空調があったとしても、長期に人間の住む環境ではない。

それに東北は寒いし、なんとか夏場は過ごせても、冬場は難しい感じがする。仮設住宅は、仕事を抱えて、現地を離れられない人を中心に入居して、高齢者は、すぐ普通の生活が送れる借上げ賃貸住宅に住まれるようにするのがいいと思う。仮設住宅に捉われ過ぎないことだ。

高齢の住民の方々の気持ちは分かるが、当面は、どこか別の場所に賃貸で、まとまって移住する選択肢もあるはずだ。決断するためには、一旦、思い切って地元を離れて、別の土地で生活してみることだ。案外、生活しやすいかもしれない。住めば都なのだ。もちろん、仕事も確保できれば、それに越したことはない。新しい土地で、新しい未来を子どもたちのために築いて欲しい。

*注1

復興はライフラインの復旧から始まる。ライフラインの復旧も、比較的早く着手されている。但し、阪神淡路の場合は、電気の復旧は1週間ぐらいで早かった。電話も2週間くらい。ガス、水道の復旧は3か月かかった。

東日本大震災の復興スピードを見ていくと、福島原発関係を除けば、仮設住宅の建設にしても、取りかかるのは阪神淡路より断然早い(阪神淡路大震災の場合は、震災が起こってから二ヶ月後ぐらいだったと思う)。

*注2

問題は、公的賃貸住宅にしろ、民間賃貸住宅にしろ、あるいは親戚宅に避難している人も、被災地の自治体から、支援内容が適切にされるかということ。県外で避難先の支援は得られても、被災地の自治体からは何の連絡もないということもありうる。

政府は、岩手県、宮城県、福島県に対しては、支援内容を新聞で公告すると言っているが、それでは情報が得られない人々ができてくる。よって、被災者を受け入れている自治体が、被災者避難情報を的確に把握して、被災地の自治体に確実に連絡を入れ、情報を一元化することが避難被災者を救うことになる(神戸市では、避難者に呼び掛け、避難者名簿の作成を実施。兵庫県も、その方向で動いている)。

*注3

但し、現在の仮設住宅は、阪神淡路大震災の時の仮設住宅より、格段に品質がアップしているとのこと。

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