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2011年5月27日 (金)

判断の基準

人間、色々やっていると、判断が求められる。それを分別と言うかもしれない。それでは、その判断基準、分別基準は、一体、何なのか。案外、分かっているようで、分かっていない。日頃は、理性的判断でやろうと思っていても、いざとなったら感情的判断を下しているかもしれない。

そのことを、黒田如水の息子の長政が、小早川隆景に問うたところ、次のように回答したという。

  分別の判断は仁愛なり、と。

孔子の言葉ではないが、仁愛、すなわち、あらゆるものを哀れみ慈しむ心を以て、深く思考し、判断し、決断すれば、後悔はないということだろう。情理であれば、たとえ理が正しくても、情の部分で同意できなければ、決断してはいけないということだ。

もちろん、情が過ぎれば、危ういことは間違いない。一般的には、情理バランスが大切とされる。しかしながら、情の部分が、若干、理より上回る状態の方がいいかもしれない。それは、多くの人は、情で動くということが多いということも指摘できる。

小早川隆景については、以前にも取り上げたが、中々深い思考の持ち主であったことが分かる。

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