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2011年5月 3日 (火)

即かず離れずのコミュニティ

人間関係は複雑だ。人は基本的に自分が一番だからだ。だから、どんなに好きな友人でも、ずっと一緒に居るのは辛くなる。でも、いつも一人だと寂しい。そういう心の葛藤から、いろんな人間関係が生まれる。

さて、東日本大震災の被災地に対して、一時避難について、神戸の関係者・研究者は、阪神淡路大震災の高齢者の孤独死の多さの経験から、コミュニティごとの移転を促し、提案していたようだが、必ずしも、うまく行かなかった(もちろん、うまく行ったケースもある)。

基本的に、孤独死とコミュニティの密度はあまり関係が無い。好きな人間もいれば、嫌いな人間もいるのがコミュニティだからだ。以前にも記したが、コミュニティの緊密さは地域によっても違う。強い絆のところもあれば、緩い絆のところもある。

大体、コミュニティというのは、自己を束縛するものでもある。そこには自由は制限される。避難所に長期に滞在できないのは、肉体的辛さ以外に、そういう理由もある。だから、人は適度なコミュニティへの参加は望まれるが、どんな時でも、適度な自由度がないと息苦しいのも事実なのだ。

それを神戸の関係者・研究者は、震災の経験から、コミュニティの集団移動を促したのは大きなお世話ということになろう。今回は被災住民の本音を、それぞれに聞き出していない。中には、村八分にならないため、渋々応じている人たちもいる。

できるだけ、他者と近くであることは望まれるが、あまり近くでなくてもいいというのが多くの人の本音でないか。人間の本質を見誤ると、間違った常識を作りかねない。であれば、仮設住宅にしろ、公営住宅にしろ、借上げ賃貸住宅にしろ、あまり固まって移動する必要はない。

人は、新しい環境に慣れるものだ。それに現代は、連絡さえ取れれば、孤独は解消できる通信手段も多い。その辺は、今後の災害において、柔軟に運営する必要がある。基本的には、「即(つ)かず離れずコミュニティ」の推進を目指して欲しいものだ。

*追記

以上のことは、被災地の自治体が、先月から、みなし仮設住宅(民間賃貸住宅の借上げ。2年間無償。保証金とかで手続きが遅れていたようだ)の募集をかけたところ、仮設住宅の当選を辞退して、こちらの方に申し込みが集中していることからも伺える。

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