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2011年5月25日 (水)

きつねうどんと落語『狐うどん』

うどんは、関西の食文化と言われる。確かに、美味しいと思う。まず、出汁がいい。以前、東京に行った時、食したうどんは、汁が黒く、味もよくなかった。こんなものを、よく食するなと思ったものだ。

ところで、流風は、きつねうどんが大好きだ。甘辛く煮た、おあげを乗せた、うどんは、美味しい汁と調和していていい。また、関西の、あの出汁の美味しさは、江戸時代から北海道の昆布が関西に流通していたから、生まれたものだろう。料理も、昆布とカツオ節で出汁を取る習慣は、ずっと続いている。

最近の若い主婦の中には、出汁を取ることもしない人が増えているのは残念だ。子供の頃から、味は舌で覚える。インスタントの出汁では、家庭の味は出せない。それぞれの家の出汁があっていい。ちょっとした匙加減で、微妙に味が変わってくるから不思議だ。それに季節によっても異なる。出汁の文化を忘れないでもらいたいものだ。

さて、落語にも、『狐うどん』というものがある。最近は、あまり演じられないかもしれない。備忘録的に触れてみよう。内容は、遊びが過ぎて勘当された若旦那が、路頭に迷う。そこへ、かつて助けてやった狐が、それを見て、若旦那のかつての馴染みのおかめという女性に化けて、色々助けるうちに、情が移り、夫婦になる。

食べていくには何かをせねばということで、うどん屋を始める。始めは、なかなか売れないが、ある時、いなりずしの油揚げを、うどんに乗せて、「狐うどん」として、売り出すと、これが意外にも大あたり。繁盛して、若旦那も、なんとか生活できるようになる。

今までは、外出も控えて、商売に精を出していたが、久しぶりに出てみると、以前、よく行っていた妓楼の婆さんに出会う。婆さんが言うには、「あなたが、最近少しも、お顔を見せてくれないものだから、あのおかめは病気で伏せっています。近頃は、少しよくなっているようですので、時々、行ってやってください」と。

これに、若旦那は、おかめは自分と一緒に住んでいるのに、この婆さんは妙なことを言うと訝しがり、「そんなはずはない」と強弁すると、「いえいえ、本当に、今日は、確か、保養を兼ねて、芝居見物に行っていますよ」と言う。

不思議に思って、芝居小屋に行ってみると、桟敷には、おかめらしき女が坐っている。これは一体どういうことなんだと思い、急ぎ家に帰ってみると、そんなことを知らない、狐が化けたおかめは、まめまめしく、小女を使って働いている。

これは、どちらが本物だろうと思案していると、客が来て、「おい、評判の狐うどんをくれ」と言う。「へーい。狐一杯」。「いや、おかめにしよう」。そんなやり取りを聞いて、「狐がおかめに変わった」と、オチ。

この話の内容は、浄瑠璃に少し倣ったものかもしれない。また仮に、きつねを実際の人間に当てはめて、考えると、ありそでなさそうな話でもある。案外、現代小説でも、似たような題材にされているかもしれない。きつねうどんから、またまた、全然違うことを記すことになった。でも、今日の昼食はきつねうどんにしよう。おにぎり二個つけて(笑)。

*追記

ちなみに、「おかめうどん」とは、上に乗る具が五目うどんより多い物で、かまぼこ二切れ、鳴門二切れ、シイタケ(昔は、松茸だったとか)、筍、三つ葉、湯葉等で、「おかめ」に似せる。まあ、実際は、あまり人の顔には見えないものが多いけれど、そういうことになっている。残念ながら、最近は、あまり食する機会がない。

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