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2011年5月30日 (月)

安倍晴明と蘆屋道満の故郷

兵庫県の社団法人ひょうごツーリズム協会が発行している、ひょうごツーリズムガイド「あいたい兵庫」の冊子があったので、もらってくると、県下の主だった観光地の紹介がしてある。それを読んでいると、陰陽師の安倍晴明と蘆屋道満の塚が、兵庫県佐用郡佐用町にあるとの記事があった。

残念ながら、流風は知らなかった。いつの時代も、陰陽師として、一番になった安倍晴明の印象は強い。蘆屋道満については、歌舞伎や浄瑠璃を鑑賞する人は知っていても、一般には、そんなに有名ではない。

蘆屋道満は、藤原道長だけが、いい思いをしているのを嫉妬した左大臣藤原顕光(あきみつ)の依頼で、藤原道長を呪殺しようとした。ところが、安倍晴明に見破られ、生国に追放されたという。ところが、道満は、追放されたが、殺されてもいない。

少しきな臭い感じがする。逆に、藤原道長が、道満を使って、藤原顕光を罠にかけた可能性もある。真偽は藪の中だ。いずれにせよ、その後、安倍晴明は、道長に信頼され、陰陽師としての安倍氏の祖となる。

ところが、このライバルが同郷とは。ただ蘆屋道満については、佐用町が故郷だとはっきりしているが、安倍晴明については、有名になったため、いろんな説がある。出世すれば、親戚が増えるのと同じ現象だ(笑)。

いずれにせよ、この冊子には、晴明塚(佐用郡佐用町甲大木谷)と道満塚(佐用郡佐用町乙大木谷)が写真入りで紹介してある。これらは、約800メートルの距離にある別々の山にあるそうだ。いずれ機会があれば、一度行ってみようと思う。

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