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2011年6月27日 (月)

公助、共助、自助

千葉県で、東日本大震災の影響で、液状化が生じ、家が傾いたということで、国の支援を求めているが、現時点では、国が支援することはおかしい。首相は、二次補正とか、三次補正で検討するとしたが、本来、支援すべき筋合いのものではない。

最近は、何でもかんでも、国に援助を求める人が多いが、災害時の「公助」の範囲は限られる。これをどんどん適用範囲を広げていけば、きりがない。もちろん、家が傾いた方の不幸には同情するが、国に対する過剰なまでの依存心は、自然災害による被災であっても、あまり宜しくない。

国にお金があり余っている時は、そういうことも可能かもしれないが、今は、そんな時でもない。私達は、残念ながら、公助に期待し過ぎてはいけない時代に生きているのだ。今後も、いろんなケースが出てくるかもしれないが、基本的に災害には昔のように自助で取り組まねばならないだろう。

その上で、地域としての共助で、問題を解決する仕組みも求められる。共助は昔は、相互扶助として、その住む地域に限られたが、日本のように災害の多い国では、全国で共助の仕組みを作ることが必要だ。広い意味では、ボランティアも義援金も、それに含まれるかもしれない。そのことにより、公助や自助で、できないことが、ある程度カバーできる。

いずれにせよ、国への依存心を下げることが、全国民に求められていることは確かだ。お上意識が、未だに残っているのは、まだ国にぶら下がる意識が高いからだ。そのため、国民は、災害に対する主体性を失い、政治家は、それを政争ネタに活用する悪循環になっている。

本来、国が何かやってくれることは、あまり期待しない方がいい。それには、まず一人ひとりがリスク管理を強めることが大切だろう。自助とは、本来そういうものだ。

*追記

住宅の再建のためには、共助としての、ほとんど全ての自然災害をカバーする「住宅再建共済」の全国版が必要だ。兵庫県ではフェニックス共済として実施しているが、兵庫県知事が旗振りしても、なかなか他の都道府県の賛同が得られない。しかしながら、公助には限界がある。早く公助から共助への彼らも意識転換が求められる。

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