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2011年6月24日 (金)

『きけ わだつみのこえ』を読む

昨日、6月23日は沖縄慰霊の日で、「沖縄全戦没者追悼式」が催された。太平洋戦争で、沖縄は、連合軍の日本本土上陸作戦により、本土を守るため、多くの犠牲を出した。それは一般市民、女性、子供も含めてだ。真偽のほどは不明だが、軍から玉砕の命令が出ていたとか、言われる。いずれにせよ、そういう雰囲気はあったであろう。

今でも、沖縄県民が米軍アレルギーが強いのは、そういうこともある。ところが、本土側は、十分、それを理解していない。本土を守るため、沖縄で最後の抵抗として働いた当時の軍人は、後世、沖縄に対して、それ相応の配慮をお願いしたいと言って、戦死していった。それを果たして、戦後の政権が守ってきたか、多くの疑念を沖縄県民は感じているのだろう。

その県民の感情を十分理解しない限り、日米同盟も機能しないということを、日米の政府当局者が知るべきだろう。単に経済的支援をするだけでは何も解決はしない。真に沖縄県民の心を慮り、その上で、日本の防衛が議論されないといけない。

さて、そのことはさておき、この時期になると、『きけ わだつみのこえ~日本戦没学生の手記』(岩波書店刊)を読むことにしている。ただし、全てを読むことはなかなか難しいので、飛ばし読みではあるが。この『きけ わだつみのこえ』の評価は、様々だ。当時の学徒動員で、戦場に赴き、戦死、病死、あるいは戦犯として、亡くなった人々の生の声を記したものだが、見方によっては、政治的に利用されているという向きもある。

しかしながら、読み進めると、必ずしもそうとは思えない。若い人たちが、戦うことの無駄を知りながら、それでも戦わざるを得ない無念さの心の叫びが正直に記されていると感じる。それは知識人故の、過酷な精神葛藤の表現だ。

母も、戦前から、多くの知識人や学生は、「この戦争は負ける」と言っていたのを聞いた、と言っていた(当時、特高警察の監視もあり、そういう発言は憚られたが、内々では、そういう話をしていたらしい)。そういう雰囲気の中で、犬死になることを覚悟して、戦争に赴き、無念の死を迎えている人々の声を確認することは、この戦争を知らない人間の使命だろう。

今回は、要領よく立ちまわれず、他者の罪を被せられ、戦犯にされてしまった木村久夫氏の声の一部を以下に紹介しておこう。

「日本は負けたのである。全世界の憤怒と非難との真只中に負けたのである。日本がこれまであえてして来た数限りない無理非道を考える時、彼らの怒るのは全く当然なのである。今私は世界全人類の気晴らしの一つとして死んでいくのである。これで世界人類の気持ちが少しでも静まればよい。それは将来の日本に幸福の種を遺すことなのである」

彼は、この言葉を遺して、シンガポールのチャンギー刑務所にて処刑されている。享年28歳であった。

*追記

戦争は、「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉で表現されるように、今でも、あらゆる分野で通用する。戦争する以上、勝たねばならない。あるいは負けないようにしなければならない。そのためには、その可能性をとことん合理的に分析せねば、戦争に突入してはならない。

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