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2011年6月19日 (日)

ざっくばらん、という言葉

若い頃、年配者に会って緊張していると、「流風君、もっと、ざっくばらんに話しなさい」と言われて、ほっとしたことがある。心の壁を打ち破る、いい言葉だ。でも、この「ざっくばらん」は、どこから来ている言葉だろう。

日本語の語源は、いろんなものが積み重なってできているのは分かるが、平生、いつも意識している訳でもない。先に挙げた、「ざっくばらんに話せ」の「ざっくばらん」はどこから来ているのか。辞書を引いても、「心中をさらけ出して隠さない様」とか「遠慮がないさま、あけすけ」というようなことしか記されていない。

辞書としては、それでいいのだが、言葉の生成過程は、これではわからない。実は、この言葉は、「四角張る」の否定型らしい。すなわち、「四角張らん」。でも、これでは遠い感じ。前の「四角」が、「しか」になり、更に「さく」になり、「ざっく」と変化していったらしい。

元々、「四角」という発想は、日本にはなく、中国からの輸入文化だ。律令国家の真似をした時、一緒に入ってきた。でも輸入したはいいが、少し堅苦しい。大体、法律というものは、そうだろう。法治は、為政者とっては都合がいいが、法治される側は、行き過ぎれば息が詰まる。

それは人間関係でもそうで、建前ばかりだと、何も進展しないこともよくある。本音を出し合って、打ち解ければ、何事も何もなかったかのように進んでいく。後は、建前として、「顔を立てる」だけだ。それが「礼」というものではないか。そのような現実的な人間関係の処理の仕方から、生まれた言葉と推定される。

*追記

残念ながら、日本も、法治が行き届き過ぎて、公務員は、もちろん、民間も、「四角張る」人が増殖しているようだ。特に政治家が「四角張る」ようでは情けない。法治の前に人間社会なんだから。

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