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2011年7月31日 (日)

第40回 加古川まつり(2011)について

昨日7月30日より、加古川で、「加古川まつり」が開かれている。期間は長く、8月20日までだ。各所でいろんな催しがある。今年のキャッチフレーズは、“絆つながれ!東日本大震災復興支援”らしい。地域の絆を確認しながら、被災地への温かい思いを届ける、ということのようだ。

ただ、今年は加古川河川敷で打ち上げられる花火大会が中止。非常に残念だ。極めて変な配慮だ。花火には、基本的に、慰霊の意味もある。それなら、なぜ中止したのか、まったく理解できない。こういうことは、震災後、そういう判断をしているところが多かったが、それが間違いのもとだろう。

だから、加古川まつりにしては、少し何か、もの足りない感じ。それでも、その他の催しは頑張っているかもしれない。市内の小中学校中心に開かれる「おまつり広場」では、さとう宗幸、柴田三兄弟などを招いて、イベントをするようだ。

これとは別に7日には、JR加古川駅南広場にて、「絆チャリティライブ」として、TOZY、森本千鶴、春川うらら、イケメンズ、twenty4-7が出演。模擬店も出店。

「七夕飾り交流ストリート」(7月30日から8月8日まで)では、仙台七夕まつりと同時開催。加古川駅前商店街、ベルデモール周辺で、七つの飾り物の中で、仙台で作成された吹き流し中心に展示される。ちなみに、七つの飾り物とは、吹き流し、巾着、投網、屑籠、千羽鶴、紙衣、短冊だ。

また「復興支援チャリティ美術展」(加古川駅前のカピル21専門店街3階)、「震災報道写真展」(ヤマトヤシキ加古川店)も、8月3日から8月20まで催される。「がんばろう東北!大物産展」も、ヤマトヤシキ加古川店で、8月3日から9日まで催される。

その他にも。青少年交流事業とか、加古川一万羽の折り鶴(すでに、仙台七夕まつりに届けられている)といった子供さんの企画による東北支援の催しもあるようだ。

今年は花火大会がないので、祭り全体としては大人しい感じ。祭り好きの流風は、それでもふらっと行くかも。期間が長いけれど、やはり行くのは、催しの多い土日かな。物産展では、風鈴を買いたい。

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2011年7月30日 (土)

ソロスの外部ファンド整理の意味すること

米国の財政悪化に伴い、国債上限の問題で、米国は立ち往生している。果たして、米国債の償還は不可能になるのか。今後の世界経済に、暗い影を落としている。そういうことで、今、ドル安に振れている。円は、そのとばっちりを受けて、円高になっている。

そういう環境下、ジョージ・ソロスが外部ファンドを返還する手続きに入ったようだ。これは何を意味しているのだろう。彼は長年にわたって、収益率20%を保ってきたが、それができなくなることを示唆しているのだろうか。彼独特の勘が働いたのだろうか。やがて、ファンドのババ抜きが始まるのだろうか。

米国は財政難、ユーロも不安定な状態、日本も国債残高の異常な累積で、少し言葉としては適格性に欠けるが、世界は三すくみ状態。この微妙なバランスがバーストした時、世界金融システムは破綻するのだろうか。

米国の借金による消費によって、世界経済が潤ってきたが、そのシステムが破綻しつつあるということだろう。リーマンショック以降、その前兆現象はいくつもあった。とうとうやってきたかという感じ。いくら基軸通貨とは言え、過大な国債の発行による借金財政は、国家を蝕む。それは自転車操業にに近い。

歯車が狂えば、破綻することは、前々から識者から指摘されていた。結局どうなるのか。米国債の格付けが落ち、金利の上昇によって債券が暴落するのだろうか。あるいは世界同時株価の暴落が始まるのだろうか。それによって、世界の人々の国民生活はどのような影響を受けるのか。

日本の財政も極めて危うい状態だから、今後、金利を上げないと国債の引き受け手はいなくなる可能性もある。となれば、日本も米国と同じ状態になる。いずれにせよ、今のシステムは、どこかで整理しなければならないのだろう。

そこで日本では何が起こるか。国家の借金の棒引きなのか。戦前、国債を買った人は、戦後、紙切れになった。それと同じことが起こらないと誰が言えようか(*注)。ただ、こういう時は、じたばたしても仕方ない。今、世界の成り行きをじっくり見定める必要があるようだ。

*注

多分、それはインフレという形で現れてくる。よって、資金を固定化することが、一番リスクが大きいということになる。

*追記

市場がバーストするということは、投資のチャンスと見ることもできるが、過去の例では、一時的に成功しても、最終的には、多くの人々が破綻している。

*平成23年8月1日追記

米国は、債務の上限拡大で、与野党合意したそうだが、一時凌ぎに過ぎないだろう。危機は去ったわけではない。先送りしただけに過ぎない。今年の年初の予測では、今年については、為替は、1ドル80円を切る可能性は薄いと見ていたが、弾けてしまった。

最早、ドル下落、それに伴う円高は止められない。ドル決済を見直す必要がある。輸出企業は国の政策に期待せず、対応を考える必要がある。あまり騒がないことだ。

*平成23年8月5日

政府・日銀は為替介入したらしいが、無駄な抵抗だ。それに更にドルを溜め込んでどうするのだ。腰の据わっていないアホな産業界から突っつかれて、あまりにも短絡的な政策を打ったものだ。

残念ながら、財務大臣に首相になる資格はない。一部の識者も指摘するように、円高を活かす工夫が求められる。基本的には、国が世界のモノを買う仕組みが必要だろう。紙切れを買っても仕方ない。

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2011年7月29日 (金)

渋沢の礼儀観

ある番組で、ぶりっこキャラと言われる某女性アナウンサー(笑)が、作法の先生にしごかれていたが、放送局が、きちんと指導しないから、そういうことになるのだろう。ある意味、公的な仕事に就いている彼女たちは、放送局が基本的な作法を義務付けることが望ましい。

それほど、礼とか、礼儀は、人間交際上、大切な意味を持つ。そして、現在は、公的空間が広がっているだけに、一般人も気を付ける必要がある。ただ、それがあまり形式になってしまっては、あまり意味はない。渋沢栄一も、似たようなことを次のように指摘している。

「礼儀は、あくまでも精神を尊ぶ。あまり、その形式の細目に拘り過ぎると、かえって、その精神を没却して、もぬけのカラになるおそれがある。カラの礼儀は絶対に排すべきだ」と。

これは利休がお茶の作法で、客に対する自分の思いを一番いいと思った方法で、自然体で臨めばいいとしているのと通じるものがある。あまり形式に流れ過ぎると、かえって、不自然になり、接遇の意味が薄くなる。まずは、心から、ということだろう。

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2011年7月28日 (木)

扇風機のこと

朝の室内温度が30度と高い日が続いている。起きると、蝉の鳴き声が少しうるさい。誰だ、今年は蝉が鳴かないと言っていた人は。庭を見ると、たくさんの穴があいている。蝉が這い出した後だろう。ちょっと多過ぎ。

さて、先日、とは言っても1か月ぐらい前だけれど、スーパーの家電売り場に行くと、扇風機が一台も展示されていない。客が店員に尋ねると、「入荷の予定はない」と言われ、その夫婦の客は、ぶつくさ言っていた。

流風は昨年、買い替えたので、本当によかったと思う。扇風機は各部屋にあるが、買い替えたのは2台。一台は両親が使っていた物で、多分、子ども時代に見たことがあるもの。多分、40年以上、あるいは50年近く使っていたのかもしれない。

鉄の塊のように重くどっしりとしたものだった。故障はなく、しっかり動いていたが、最近、古い扇風機が火災事故を起こすというので、買い替えることにしたのだった。それにしても、昔の器具は、全てではないのかもしれないが、しっかりと作られていた。

もう一台は、数年前に買ったものだが、急に動かなくなった。大手メーカーの物だが、問い合わせても、処置なしの様子。修理にも手間がかかりそうなので、断念し、買い替えることにしたのだ。

買い替えた物は、結局、2台とも同じメーカーで、両親が使っていた扇風機のメーカーにした。今回は、重くはないが、機能が気に入っている。ベビー扇機能が、寝るときに優しい。クーラーは基本的に使わないので助かる。

クーラーはなくても過ごせるが、扇風機は必要だ。あの夫婦は、どうされるのだろうか。

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2011年7月27日 (水)

獅子身中の虫について

本日は、「獅子身中の虫」について、覚えとして。

獅子とはライオンのことらしい。昔の人は、獅子をどのように想像したのだろうか。意味は、獅子の体内にいる寄生虫が、獅子の肉を食って、終に倒してしまうということ。一般的には、組織を害す内部の者という風に理解されている。

本当の意味は、死んでしまった百獣の王のライオンには、他の動物は、それでも遠慮して近付かないのに、寄生虫の蛆虫は、ライオンの体内から食い荒らして、終には骨と皮だけにしてしまうということ。

人間は体内に細菌を有していると言われるが、動物も同じこと。健康な時は、そうした細菌は全く気にならないが、体力が衰えると、細菌が縦横無尽に働きだして悪さをする。そうかといって、全ての細菌を除去すれば、人間が生きられるかというと、そうでもないだろう。

結局、人間は、いろんなバランスで成り立っているから、細菌と共存するしかない。そして細菌力とバランスのとれた細菌に負けない体力(結果的には免疫力)作りが求められるのだろう。最終的には、人間の体も、死体を放置すれば、獅子と同じ運命にある。蛆虫が最終処理をしてくれていると考えるのもいいだろう。

また人間社会でも、別の角度で見れば、獅子身中の虫を、いかに活かすかという問題もある。虫も使いようなのだ。そのためには、虫に一目置かれ、元気な状態を保つ必要がある。本来の解釈とは、大きく脱線してしまった(笑)。

*参考 出典は、仏典『梵網経』(小乗仏教)

  若(なんじ)仏子、好心を以て出家せるに、

  名聞利益の為に、国王・百官の前に於いて、

  七仏戒を説くは、

  横に比丘・比丘尼の菩薩弟子のために

  繁縛の事を作すこと、

  獅子身中の虫の、獅子の肉を食ふが如し。

  外道・天魔の能く破するに非ず。

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2011年7月26日 (火)

『宇津保物語』のこと

『源氏物語』が成立する以前に、紫式部が参考にしたと思われる本がある。それが『宇津保物語』だ。清原俊蔭が、遣唐使として派遣されながら、難破して、流れ着いた所から、琴(きん)のという楽器を持ち帰り、その琴という音楽の道具を通じた、宮中の物語だ。

読み進めて行くと、まさに、これは王朝物語と言えるもの。音楽家の系譜を軸にして、男女の愛と、藤原家、源家の閨閥争いも絡めて、琴が転々と移動していく。そして複雑な人間関係は、系図にして書き留めないと、なかなか理解できない。やはり、これは『源氏物語』同様、女性の作家の物語だ。

そして、王朝物語というと、どちらかというと閨閥内の狭い社会で、男女それぞれに、いろんな争いとするという心理戦争だ。そういうのは、大体、書き手は、彼らを近くで見ている女性ということになるのだろう。

ただ、男には、あまりにも心のひだが描かれ過ぎて、女性のおしゃべり同様、若干重たい。それに、書き手の、そういうことを知っているのよ、というような自慢話も含まれるから、嫌になる。

まだ、全編の紹介本の抄訳を通読しただけなのだが、今後、すべて読むというのは意欲が削がれる。そういうと、『源氏物語』も、最近は読んでいない。学生の頃は、有名だということで、通読したが、その後、蔵書としてはあるのだが、なかなか再読しようと思わない。

やはり男にとって、女性作家の作品は若干辛いものがある。そういうと、大河ドラマも、女性が脚本を書くようになって、全く視なくなった。うじうじ、ねちねちというような女の戦いには、見ていてストレスがたまる。NHKは、女性向け番組を志向しているから、そういう男の視聴者がいることに気づいていないだろうが。

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2011年7月25日 (月)

海上保安庁の津波災害シミュレーション

東京、名古屋、京都、大阪は、いずれも震災の経験があり、東京、名古屋、大阪は、特に津波の影響がある。また、そういう状況になると、地下鉄や地下街が最も危険ということになる。残念ながら、地域の住民は、一部の海辺の地域を除いては、いずれも危機感が薄く、特に大阪は、その感が強い。

ところが、関西では、東南海・南海地震の影響が強いと予測されている。相当大きな規模と考えられ、古文書等、過去のデータから読みとると、大阪市・阪神エリアのかなりの部分が水没されると予測されている。

大阪府は、「大阪首都圏構想」を掲げるが、余程周到に計画しないと、指揮機能が失われる可能性がある。府庁の移転は、なくなつたようだが、海外戦略も大切だが、司令塔が災害時にも機能するように考え備えておくことは大切だ。

そこで、海上保安庁海洋情報部では、昭和21年の昭和南海大地震の詳しい情報に基づき、「津波災害情報」で、港湾・沿岸域における詳細な津波シミュレーションをホームページで提供している。今後、予測される大地震によって港湾に津波が到達する時刻や向きをシミュレーションにより予測している。私達は、こういう情報を活かしながら、津波をイメージし、防災意識を高めたいものだ。

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2011年7月23日 (土)

謡曲『鵜飼』~殺生戒

    淀河の底の深きに鮎の子の

  鵜という鳥に背中食われて

  きりきりめく 憐しや

                           (梁塵秘抄)

京都では、若い女性(主婦)の鵜匠がいると、紹介されていた。最近は、女性の釣りファンも多いから、ついに、そういう分野にもという感はある。日本の伝統的文化の維持というより、鵜という鳥を養うことを楽しみ、鵜飼自体をスポーツ感覚で取り組んでいるように思う。古い囚われには抵抗がないのだろう。

それはそれとして、人間は何かを犠牲にして生を維持している。しかし、かつては仏教では、殺生戒と言って、その罪は重かった。その仕事をする人にも厳しかった。そういうものを題材にした謡曲に『鵜飼』がある。現在は、僧侶も妻帯し、肉食、魚も食している人たちも多い。そして、一般人の誰もが仏教徒ではあっても、戒律を意識することなく、肉食、魚食をしている。

そのように現在の日本は、食の哲学も薄れ、飽食の時代と言われて久しいが、昔の人々は日常的に食うのにも貧しかった。この謡曲の時代は、貧しく、食べるのもままならない時代背景がある。そういった中でも、厳しい戒律。人間は極限まで行けば、どうなるのか。

謡曲のあらすじは、甲斐の国に行脚に出かけた安房の清澄の僧(実際は日蓮)が石和川に行くが、旅人を泊めるのは禁制と言うことで難渋し、川岸の御堂を紹介されて、行って入ってみると、鵜飼の老人が後で、鵜を休めにやってくる。

僧が、そういう殺生を止めるように言うと、それはできないという。まあ、いきなり、人の家に上がり込んで、説教するのもどうかと思う。現代でも、教養人と言うか、自尊心の高い奴らがやりそうなことだ。

その老人を見て、従僧が、この鵜飼(鵜匠)は見たことがあるし、かつて泊めてもらった人ではないかと僧に言う。そこで、初めて気づいて、あの時は世話になったと言うと、鵜飼は禁漁地区に入って漁をしたため、殺されて、今は亡者だと明かす。鵜飼は、お詫びのため、鵜飼の様子を見せ消え失せる。

  面白の有様や。底にも見ゆる篝火に。

  驚く魚を追い廻し、潜き上げ抄ひ上げ。

  隙なく魚を食う時は、罪も報いも、

  後の世も忘れ果てて、面白や。

  みなぎる水の淀ならば、生簀の鯉や上らん

  玉島川にあらねども、

  小鮎さばしるせせらぎに、

  かだみて魚はよもためじ。

魚取りは確かに面白い。それに嵌ってしまうと、殺生戒など忘れてしまって、後のことなど考えないと言っているが、魚と駆け引きしながら、漁をする楽しみは、そうしたものだろう。人間は、そのようにして、知らず知らず罪を犯していると言うことだろうか。

現代で言えば、それグルメだ、なんとかだと言って、いろんなものを食い散らすのと似ている。最近、インドでも、宴会等で余り物が多く捨てられることが問題になった。たくさんの貧しい人がいるのに、多くの無駄がされている。日本も、かつて、それが問題になった。

また、脱線してしまった。話を戻すと、そこで、僧は、所の者から詳しい事情を聞き、地獄で苦しむ鵜飼を哀れみ、法華経を一石一字毎、記し、川に沈め、鵜飼を供養する。そうすると、閻魔大王が現れ、かつて鵜飼が、僧を泊めていたことを評価し、殺生の罪を赦し、地獄から極楽に送ることを告げ、法華経の有難さを讃えるというもの。

これには、時代背景がある。男尊女卑、仕事に拠る身分階級社会。それを乗り越えるには、法華経が必要とされたということ。親鸞は、ある意味、当時の仏教界において、マーケティングがうまかったと言える。これは戒律の厳しいユダヤ教が、女性に辛かったので、キリスト教は、そこを突いて女性に甘くし、多くの女性に支持された状況と少し似ている。

なお、この謡曲の場合は、鵜飼が、鵜を使って魚を取るという罪と、禁漁区で魚を取った罪が重なっているのだが、僧に宿泊場所を提供したという一つのよい行為だけで、救われるとしている。すなわち、罪深い人たちも、一つのよい行いで救済されるということのようだ。

でも、この謡曲が伝えたかったのは、それだけだろうか。人間が食にも困る状況の極限で、守るべき戒律の中で、どのような判断をすべきかを問うているのではないか。それは鵜飼と言うより、僧自身が問われているのだろう。否、私達全てに問われているのかもしれない。

戦時中、東南アジアの戦場では、生きるために、病気で死んだ戦友の人肉さえ食さざるを得なかったと聞く。ここには倫理とか戒律とか言っておれない世界がある。生を繋ぐということが、いかに厳しいことか。この謡曲は、人間が生きる難しさを教えてくれる。そして、食べられる幸せを日々もっと感じ、食のあり方を考えたいものだ。

     鵜飼はいとおしや 万劫年経たる亀殺し

     また 鵜の首を結い 現世はかくもありぬべし

     後生わが身をいかにせん

                                         (梁塵秘抄)

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2011年7月22日 (金)

家庭用コージェネは普及するか

福島原発事故以来、電力不足の懸念から、省エネと電力会社はうるさいが、彼らが騒げば騒ぐほど、既存の電力供給から脱する動きは大きくなるだろう。流風は、オール電化には決して応じなかったが、一つのエネルギーに頼ることは危うい。

今後は発電の方法は、より多様化していく。その中で、ガス会社が、相当前から普及活動しているコージェネレーション(熱電併給)システムは、今までは産業用中心だったが、これからは一般家庭でも普及していくことだろう。

ガス会社にとっては、まさに今はチャンスだし、消費者にとっても、一つの可能性を検討する機会になる。コージェネレーションは、発電時に生じる熱を給湯や暖房に利用する極めて合理的なシステムだ。

商品としては、最近は、テレビでも、よく宣伝している「エコウィル」が、それに相当する。都市ガスを燃料に発電して、排熱を給湯や暖房に利用する。ガスエンジンと給湯機付き貯蔵タンクを組みあわせ、エンジンで発電すると、排熱をお湯として回収・利用する。

ただ、これまで、価格的には、80万円程度だが、国からの補助も打ち切られ、普及が停滞していたが、震災をきっかけに問い合わせが急増しているらしい。停電時に起動できない等問題もあるが、今後は改良の方向にあるようだ。

更に最近では、太陽光発電、太陽熱集熱器等と組み合わせすることも提案している。そして、それらをいかに効率よく省エネ運転させる制御システムも注目されている。ただ、これほど大規模にするとなると、戸建では非効率で、ある程度、戸数がまとまる集合住宅か、地域一体型向きとも言える。

以上のように、家庭用でさえ、エネルギーシステムは大きく転換する。近い将来、多くの家庭が、予算に見合うシステムを導入することになるだろう。その動きは、蓄電システムとの組み合わせで、すでに始まっている。電力業界は大きく変わっていく。あなたは、いつまで、電力会社から電気を買いますか。

*追記

また価格は300万円弱と高いが、「エネファーム」というものもある。エネファームは燃料電池を使用し、発電効率が良いとされる。都市ガスから取りだした水素を空気中の酸素と反応させて電気を起こす仕組みだ。これも同様に、発電時の生じる熱を回収し、利用する。これは国から105万円の補助金を受けられる。

*追記

もちろん、エコウィルやエネファームが、現状、全てにおいて優れているとは言えないかもしれない。今言えることはも理論的には優れているということだ。よって、導入に際しては、システム設計、施工品質、メンテナンス、経済性(トータルとしての価格)など、詳しく見ていく必要はある。

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2011年7月21日 (木)

漢詩『盗に問う』~国に巣食う者たち

国に巣食う者たちが、いつの時代もいる。国の仕事をしている振りをして、合法的に私服を肥やすのもそうだろう。そういうのを皮肉った漢詩がある。『盗に問う』というものだ。作者は、日柳燕石(くさなぎえんせき)。彼は幕末の志士だ。

  盗に問う 何の心ぞ 漫(みだり)に民を害すと

  盗は言う 我が罪 是れ纎塵(せんじん)

    錦衣繍袴 堂堂の士

  白日 公然 人を剥取すと

いつものように、解釈すると、次のようになるだろうか。

「盗人に尋ねた。「君たちは、なぜそのようにみだりに、良民に害を与えるようなことをするのか」。盗人は応えて言うには、「我等のやった罪は、ほんの小さいもので、高級品を煌びやかに身につけている、お偉方は、白昼堂々、公然と、民のものを奪い取っているではありませんか」

流風は、盗人の行いが正しいとは言わないが、現在の日本で言えば、政官財学が癒着していた電力業界は、国に巣食う者たちで、盗人以上の犯罪者であろう。それは、電力会社が、何の使命感もなく、経営努力を棚上げし、国民に節電を要求する政府・官僚・電力業界も同じだ。彼らが身を糺さない限り、民からの信頼は得られない。

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2011年7月20日 (水)

紅茶ポットか紅茶メーカーか

大型台風も、ようやく過ぎ去り、ほっとしている。でも地域によっては、大きな被害を受けられている。お見舞い申し上げる。日本は昔から本当に災害の多い国だ。その中で、生き抜くのはなかなか大変だ。もちろん、そういうハンデを解消しながら進んできたのも日本なのだが。

気分転換のため、本日は朝から食後に、紅茶。基本的に朝は和食だから、コーヒーや紅茶は飲まないのだが、急に飲みたくなった。そこで迷うのが、紅茶ポットにするか、紅茶メーカーにするかということ。

大体、ずっと紅茶ポットで入れていたのだが、最近、押入れを整理していると、紅茶メーカーが出てきた。いつ頃買ったものだろうか。以前、落して割ってしまった記憶はあるのだが、また買い直したのだろうか。

紅茶ポットの場合は、ポットに被せ物をして、蒸らしが必要だが、いつも手抜きしていたのだが、あまり美味しくない。やはり蒸らしは必要なのだろう。ただ、被せ物をまだ持っていない。買おう、買おうと思って、ついつい忘れてしまう。

出てきた紅茶メーカーで入れると、大変美味しい。これなら手間いらず。流風向きだ(笑)。結局、今朝も紅茶メーカーで入れてみた。紅茶ポットは、しばらく、水屋の奥に入れておく。紅茶専門店で、ポット入りの紅茶もいいのだけれどね。

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2011年7月19日 (火)

任せるべきものは任す

民主主義の原則は、基本的に合議で決めるが、メンバーの中に、何も分かっていない人がいると混乱し、何も進まない。よって「何でも民主主義」は弊害がある。ところが、人によっては、それが自分の専門領域でなくても、すべて把握していないと満足できない人がいる。

彼らの言い分は、議論に参加できないのは民主主義ではないと。しかしながら、中途半端に口を挟めば、余計にややこしくなるだけ。こういうケースで、議論が深まることは、ほとんどない。結局、本論とは関係のない質問を出して、意味のない時間を浪費するだけになりがちだ。

北条早雲も、そのようなことを戒めている。

 「数多まじはりて事なかれといふことあり、何事も人にまかすべき事也」(*注)と。

この一文にはいろいろ解釈があるようだが、流風は次のように解釈する。

つまり「専門でもない人が集まって議論すると、ああでもないこうでもないという意見が出てきて、いつまでも、議論が堂々めぐりして結論が出ない。それは、誰も責任を取ろうとしないからだ。よって、何事も、条件を付けて、その道に明るい人に任せるべきは任せるべきなのだ。その上で、決したことは、自分が(任せたことに)責任を持つようにすればいい(そうすれば、世の中は回っていく)」

*注

北条早雲家訓(『早雲寺殿二十一箇条』)より。

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2011年7月17日 (日)

漢詩『塞翁が馬』

塞翁が馬は、中国の故事だが、それを日本で漢詩にしたものがある。災難に遭った時、そのように思うことで、心の負担を小さくして、心を転換させる心構えは大切だ。次に、その詩を紹介しておこう。作者は、松口月城。

  歎くを休めよ 吾身災厄頻りなるを

  天に偏愛なく 等しく仁を頒つ

  但看る萬事塞翁が馬

  禍福吉凶廻りて輪を作す

蛇足的に、解釈を示せば、次のようになるだろうか。

「自分の身に降りかかった災厄について、いつまでも歎くのは止めておこう。天に偏愛などあるわけがなく、誰に対しても公平だ。中国の故事「塞翁が馬」にあるように、何が幸で何が不幸か分からない。「禍福は糾える縄の如し」と言うように、吉凶は互い違いにやってくる。そのように世の中は回っているものだ(そのように考えたいものだ)」と。

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2011年7月15日 (金)

『播州皿屋敷』物語について

梅雨も終わり、まさに、これからは盛夏に突入。昼間の気温は室内でも35度を超える日もある。こうなると、やはりクーラーも無視できない。今のところは扇風機と換気をよくして耐えているが、熱中症になれば元も子もない。節電も、ほどほどにだ。

後は、幽霊話で、暑さを吹き飛ばすとしようか。ということで、今回はお菊の物語を記してみる(*注1)。『播州皿屋敷物語』は、子供の頃、母から、よく読み聞かされた。「一枚、二枚、三枚、、、、」と、幽霊の真似をして、読む母の読み方は、おどろおどろしくて、怖がりの流風は、よく泣いていたそうだ。

歌舞伎では、この『播州皿屋敷物語』をベースにして、『番町皿屋敷』という演目で演じられている。岡本綺堂作で、本来の話とは、離れて、男女の間の不安な心理を描いている。これは、『播州皿屋敷物語』を参考にしたとはいえ、完全な創作で、別の物語だ。

それでは、一応、ご存じない方のために、簡単に『播州皿屋敷物語』のあらすじを紹介しておこう。有名になったのは、江戸時代の浄瑠璃からだ。基本線は、播州地域で流布していたものが基礎になっている。

実際に存在した人物や仮名の人物も入り乱れ、多くの関係者に配慮した後が伺える。その話は、やはり姫路城が舞台だ。永正元年(1504年)、城主の小寺豊職(とよもと)が亡くなる。後を則職(のりもと)が継ぐ。だが彼は、まだ18歳。

ここにお家騒動の原因がある。よく時代劇にある主家乗っ取りを企む輩の存在だ。本来なら、城主を見守らなければならない姫路城代の青山鉄山は、置塩城主赤松氏の城代の浦上村宗と結託し、それぞれ両方の主家乗っ取りを企む。

やり方は、増位山(姫路市)で花見の宴を催し、そこで城主を打ち取る算段だ。ところが、この不審な動きを察知し、鉄山の下に派遣されたのが、お菊だった。彼女は、佐用町(兵庫県)生まれであるが、尼子十勇士の一人、寺本障子之助の娘とされる。

彼女は、家老の息子であり、忠臣である衣笠元信と恋仲であり、彼に頼まれ、危険を承知で鉄山の下で、動向をさぐることになる。恋仲とは言え、恋人をそういう風に使う元信は、あまり好きになれない。それとも、苦しむ元信を慮って、お菊が申し出たのだろうか。

他方、鉄山の三男は、善良な人物で、主家の則職の妹と恋仲だった。父の悪企みを知って、止めるよう説得するが逆に幽閉されてしまう。それを何かかにかと面倒を見たのが、お菊。彼は彼女に父の悪企みの計画を教え、お菊の通報により、増位山での襲撃は失敗に終わる。

ところが、事態は容易に解決しない。置塩城では、城代浦上が、城主赤松氏の幽閉に成功し、援軍を姫路城の鉄山に送ってくる。結局、城主の則職は、忠臣と共に家島に落ちのびる。鉄山は姫路城城主になる。

ここで祝宴を開き、家来のためのもてなしに使ったのが、赤松氏より拝領した小寺家の家宝「こもがえの具足皿」で、10枚揃いであった。ところが、お菊に横恋慕した悪臣の一人、町坪弾四郎が、皿の一枚を隠してしまって、お菊に罪をきせる(*注2)。

それは、お菊を何とか、ものにしたい邪恋のための策謀だった。しかしながら、お菊は、意に反して、自分の言うことを聞かない。五軒屋敷にある自邸(あるいは青山鉄山の屋敷か)に引っ立て、松に吊るして、責め立てても屈しない。止むを得ず、弾四郎は、罪を被せたまま、鉄山の前で惨殺する。

そして、遺体を井戸に投げ込んでしまう。現在、姫路城は、見学に行くと、ルート的には、最終に、「お菊井戸」があるが、残念ながら、彼女が投げ込まれた井戸ではなさそうだ。なぜなら、「お菊井戸」というのは、この事件のずっと後に、掘られたことが分かっているから。

投げ入れたのは、多分、弾四郎邸か鉄山邸の井戸ではないか。一応、ここでは、城内の井戸に投げ込まれたとしておこう。いずれにせよ、鉄山の前で、お菊を惨殺した。その時から、お菊の祟りか、怪異現象が多く現れる。その一つが、井戸から哀しげに聞こえてくる、「一枚、二枚、三枚、、、、」という声で、いつも、恨めしそうに、九枚で途絶える。

ついに耐えられなくなった鉄山は、姫路城を脱し、自分の館に引き籠る。しばらくして則職の忠臣らは赤松氏らと一緒に攻め込み、鉄山は自害し果てる。他方、弾四郎は、隠しておいた皿をネタに、小寺家に帰参しようとするが、則職の計らいで、お菊の妹二人に仇討される。そんなに要領よくは、悪人も生きられない。

その後、小寺家では、お菊の忠義に感謝して、十二所神社(*注3)に祠(ほこら)を建て祀ることになる。

以上が、大まかなあらすじだ。これらが、どれほど実際にあったことなのかは分からない。ただ言えることは、似たような話は播州の巷に流布しており、二、三の話が合わさって創られた話であるという感は強い。

例えば、外部から侵略してきた山名宗全の家来が、播州地元の赤松氏を追い出し、その後、悪行を働いたというものがベースにあるという説もある。その他にも、お菊は、奉公先の妻に嫉妬されて、殺されたとか、あるいは、お菊伝説と同様、大切な家宝を、横恋慕した家来が、隠して、罪をきせたというような、いろんな話が、組み合わさっている。

それらに後世、いろんな戯作者が、「滅びの文学」として、創作した可能性が高い。人間の権力欲、愛欲が絡み合って、事件は起こるが、結果的には空しい。でも、人間は、そういうことを続けてきた。そういうことがテーマであろう。この物語が、後世の人たちに、感動を与えながら、多くの教訓を残したことは間違いない。

*注1 お菊について

お菊というのは、本当の名ではないように思う。ただ菊を愛した女性の悲劇ということで、「お菊」としたのであろう。また、菊には、中国茶で、「菊茶」があるように、健康によい。菊は、当初、お茶同様、医薬品の一つとして、日本に輸入された。そういうイメージを、悲劇の女性に冠したと考えられる。 

*注2   10枚目の皿について

よく聞く話では、10枚目を割ってしまったという筋になっているものもある。ところが、こういう皿を割ってしまえば、それを管理していた人物も責任を問われることになる。町屋の奉公人が皿を割ったのとは意味が全く違うからだ。よって、話としては少し無理がある。ただ子供に話すには、割ってしまった方が分かりやすく、割れば罰を受けるという躾にもなるから、そういう話もあるのではないか。

他方、ある女中の奉公先の妻に嫉妬されて、妻が主人が大事にしている皿をわざと割って、その罪を、その女中にきせた話も伝わっており、そういうところから出た話の可能性もある。

*注3 十二所神社について

なお、十二所神社は医薬の神様をまつってり、重陽の節句には、酒に菊を浮かべて、長寿を祝う習慣もあった。お菊は、小寺豊職が病に陥った時、お百度を踏んで、一時的に回復したという話もある。当時から、病気からの回復のための信心の対象であったことは想像に難くない。現在も、百度石はある。

但し、この神社の発祥の起源は、昔、人々が疫病で苦しんでいた時、12本の蓬(よもぎ)が生え、少彦名大神が現れ、蓬を煎じて飲めば病が治るとしたことから、この神を祀ることになったという。いずれにせよ、医療と関係がありそうだ。

場所は、姫路駅を降りて、お城に向かってしばらく歩くと、十二所線という道路があるので、それを西に行くとある。珍しく東向きである。中に、お菊神社がある。なお、戦前は、皿とか、お菊関係の、いろんな貴重な資料があったそうだが、戦災で、お菊神社も、すべて焼けてしまったそうだ。毎年5月8日に「お菊祭り」が催される。

*追記

五軒屋敷跡(姫路市)には、後世、お菊の墓である石地蔵が建てられたとのこと。お菊が、その弔いに感謝したのかもしれないが、願い事が、よく叶えられたらしい。

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2011年7月14日 (木)

子供躾点検リスト

子供の躾は、各家庭で色々あるだろうが、鈴木和男氏は、次のように挙げられている。ただ、両親も同様に心がけなければ、子供にもよい影響を与えられないことは確かなようだ。子供は親の後ろ姿を見て育つ。親は見本だ。当たり前と思われるかもしれないが、よく整理できているので、今更ながらとは思うけれど、紹介しておく。

一、正しい挨拶の習慣

  ①朝の挨拶 「おはようございます」

  ②食事の時 「いただきます」

  ③出かけるとき 「行ってきます」

  ④外から帰った時 「ただいま」

  ⑤家の人が帰って来た時 「お帰りなさい」

  ⑥近所の人に 「こんにちは」

  ⑦来客や訪問先で、丁寧に挨拶

  ⑧床に就く時 「おやすみなさい」

二、正しい生活習慣

  ①洗面と歯磨き

  ②食事の前に手を洗う

  ③食事のマナー

    イ テレビや新聞を見ない

    ロ 肘をついたり、足を上げたりしない

    ハ 食器を鳴らしたり、舐めたり、食べ物を手づかみしない

    ニ 手をつけたものは全て食べる

  ④家事の手伝いをする

  ⑤トイレに入った後の手洗い(*注)

  ⑥近所の人や友人と仲良くする

三、学ぶ態度と習慣

  ①他の人の意見を素直に聞く

  ②本や新聞を読む

  ③ニュースの地名や分からない言葉を聞いた時、すぐ調べる

  ④友達や近所の人のよいところを認めて、自分も、そうなろうとする

  ⑤日記や家計簿をつける

  ⑥自分の考えは、はっきり言う

  ⑦お稽古の練習は時間を決めて毎日やる

  ⑧やらなければならないこと(宿題や買い物)は、億劫がらずに、まめにやる

以上。

一応、基本的なことは記されている。もちろん、これだけでは不十分かもしれない。細かいことを言えば、箸の上げ下ろしもそうだろうし、帰宅時には、手洗いとうがい、家用の服に着替えることも必要だろう。そういうことは各家庭で付加が必要だ。

また、躾は、子供時代にしっかりできていないと、大人になってもなかなかできない。鉄は熱いうちに打て、とは将にそういうことだろう。因みに、流風が、きちんと躾けられ、それを守ったかと言えば、若干疑問符がつく(苦笑)。

*注

ちなみにユダヤの人々は、トイレの用をたす前に、手を洗う。確かに、その方が理にかなっている。特に男はね(笑)。

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2011年7月12日 (火)

さんまさんの引退発言を考える

明石家さんまさんが、ある芸人に問われて、テレビについては60歳ごろに引退する可能性について言及した。あまり歳が行って画面を汚したくないという彼の美学があるようだ。そういうことは、一般ビジネス界でも同様のことが言える。

残念ながら、一般社会では年金の支給年齢の引き上げに伴い、定年を65歳まで延長する動きがあるし、更に支給年齢を引き上げれば、将来70歳まで延長されるかもしれない。ところが、年輩者が頑張れば頑張るほど、後に続く者は、その意欲を削がれ、組織沈滞の可能性を高くする。

やはり、いかなる理由があろうとも、年輩者は、ある程度の年齢で一旦身を退く必要がある。そうすれば、後継の者は、責任感が生まれるし、真の自立ができる。それに年輩者も、第一線を引いたからと言って、やることがないとは言えない。

組織を離れて、自分が所属した組織を改めて見れば、今まで見えなかったものが見える。そういうことを後継者に適宜アドバイスすればいい。内部の人間も、組織内の上司と外部に去った元上司では、その受け取り方は異なる。案外、外部の意見には耳を傾けるものだ。

人は、いつかは一線を去らなくてはならない。時と状況にもよるが、いつまでも組織にしがみつくのは、あまり宜しくない。でも、さんまさんは本当に60歳でテレビ界を引退するのだろうか。ちょっと残念な気もする。ただ、それくらいで、ちょうどいいのだろう。

*平成26年3月31日追記

最近、さんま氏は、60歳引退を否定するような発言をしている。揺れ動く気持ちは分る。ただ、最近の彼は、かつての話のキレがなくなりつつある。よって残るとしても、今までのバラエティーで名を為すというのは難しくなるだろう。新分野を開発するか、後進の指導に重点を移すしかないだろう。

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2011年7月10日 (日)

過去の財政改革に学ぶ

日本が多額の赤字国債を抱えて財政が逼迫している。過去の政権でも、財政再建は、度々叫ばれていたが、状況は悪化するのみで、改善の見込みはない。これは過去の政策に依存しているからだろう。

日本はすでに高度成長する国ではないのに、未だに成長を夢見て、「夢よ、もう一度政策」が、バブル崩壊後も延々と続けられ、そのツケが赤字国債の累積につながっている。ところが、未だに古い政策から抜け出せない政治家も多くいる。

それでは、財政再建はどのようにすればいいのか。日本には、過去に財政再建に成功した例が、江戸時代後期にある。それは周囲の抵抗、批判を受け、苦しい道のりであった。だが、彼らは辛抱強く、改革をやり遂げた。それを参考にするのは無駄ではないだろう。簡単に、それらの政策を見て行こうと思う。

一、国の質素倹約の励行。

まず歳出の削減が必要だ。あらゆる部署に無駄が発生している。無駄な組織も多い。どれもあれば、それなりに価値があるが、優先度の低い政策も多い。官僚は、予算取りのために、次々と政策を編み出し、無駄な予算も計上されている。それを改革するには、人事評価の仕組みも変更が求められる。

また、無駄の元凶の多くは組織が縦割りになって、重複して無駄な人件費が投入されている。優先順序を明確にして、組織を簡略化する。また役職も簡素化する。役職を整理したら、人件費は極端に減少したという地方の取り組みもある。

二、国家内の資金の流通を改善する。

バーゼル委員会による金融機関の健全化のための締め付けは、国内の資金流通をおかしくしている。彼らの政策の錯覚は、世界に通用する金融政策が存在すると考えていることだろう。世界金融と、国家金融とは別物だ。特に、中小企業、生活資金の低金利融資あるいは無利息融資の仕組みが必要だ。

三、付加価値商品の創造

いつの時代もそうだが、今までになかった商品やサービスを創造し、新しいビジネスを興して、活性化する。特に、現在は、国際市場ごとに、市場レベルの段階を考慮しながら、見込みのある付加価値商品の開発が求められる。そこには民間のやる気を増やす智恵が求められる。

四、新市場開発・新規事業に対する減税

事業に対する補助金ではなく、新規投資及び成果の所得に対する減税。過去の事例から、補助金は成果を生まないのは明らか。補助金は国家にとっても無駄。補助金は受ける方も手間がかかり、時間の無駄。必要なのは、新事業投資減税や新しい事業で成果を上げた法人事業所得に対する減税だ(減価償却も含む)。

五、流通の再整備・商品の活性化

特に既存の仕組みに捉われている業界に対してメスを入れる。一般には規制緩和と言われるもの。既得権が、大きな障害になっている。また独禁法の適用強化により、競争促進も必要。それ以外では、国際流通を強化する。

六、国家による専売による歳入増

昔は、三公社(*注)なと゜かあり、国家の収入になっていたが、今は、それらが民営化されたが、税収はそれほど増えず、国家の歳入は激減している。それなのに歳出構造は変わっていない。今更、戻せとは言わないが、時代に相応しい新しい専売公社で時代にマッチングした取り扱うものを考えるべき。

例えば、新エネルギー公社とか、電力会社の発電部門も、切り離して国家による公社管理が求められる。また資源等、国が外交交渉しなければならないものは、「公社」化する必要があるだろう。もちろん、全ての情報公開をし、利権や天下りの監視は求められる。

*注

三公社

 日本専売公社→日本たばこ産業

 日本国有鉄道→JRグループ各社

 日本電信電話公社→NTTグループ各社

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2011年7月 8日 (金)

大災害に対する仮設住宅資材の常時確保について

東日本大震災において、仮設住宅資材がすぐに揃わなかった。そのため、被災後、すぐに仮設住宅を建設できなかった。非常時の備品は各自治体に備えてはいるが、仮設資材は備えていないようだ。

今後、日本では各地で大災害が予測されている。これらに事後速やかに対応するためには、やはり、今後は、自治体及び企業において、次のような仮設住宅資材等を備えていることが求められる。全国に分散すれば、物流費は嵩むが、リスク分散としては仕方ないだろう。費用は、基本は、寄付や寄贈によって賄えばいい(災害前義援金を募るのも一法だ)。

一、仮設住宅資材の準備

二、仮設移動トレーラー住宅の準備

三、被災時借上げ仮設住宅の予備契約とその仕組み

災害規模により、上記を、どのように組み合わせるかの判断が重要だ。出来れば数日で実現できることが望ましい。そのためには、自分の住む地域で、災害があった場合の基本対処を決めておくことも求められる。

また、仮設住宅建設については、各種法律の枠を取り払う必要がある。今回、仮設住宅が十分に建設されないのは、法律の制限があるからだ。

しかし、大災害は非常時なのだから、いろんな法律の縛りは無視して、柔軟に被災地で運用できるシステムが求められる。そのためには、大災害が起こった場合は、被災地非常事態宣言を発表して、国が被災地を一時的に直轄管理できるような仕組みも必要だ。こういうことは、江戸時代、すでに行われている(*注)。

*注

災害規模によっては、被災地に特区形式で権限移譲する仕組みも求められる。そうすれば、ある程度処理スピードが上がる可能性もある。ただし、この場合は、自治体の長のリーダーシップが問われることになる。

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2011年7月 7日 (木)

大臣の表現能力

また大臣が辞任したようだ。過去にも、いろんな失言をして世間からの強い風を受けて、辞任させられた例は多い。どうも大臣という役職が勘違いさせるようだ。大臣なんて別に偉い役職でもない。単なる一つの役割に過ぎない。

過去は、「末は博士か大臣か」と言われて、子供に期待したものだが、それほどの見識がなくても、なれるようになったためか、その地位は、あまり価値を持たなくなった。それは総理大臣も同様だ。そういうのがいいのか悪いのかは、分からないが、政治に、あまり期待されていないということだろう。

さて、大臣が失言で度々辞めるのは、大臣の表現能力に問題があるからだ。過去の失言録を読んでも、果たして辞めなければならなかったのか不思議なものも多い。ただ、多くの国民が注目する大臣という地位に対しては、不用意な発言が、不適切な発言として受け取られやすい。

特にマスコミにとっては、大臣の発言は格好のネタになりうる。彼らはあらゆる角度から、過去の発言も含めて、大臣を精査する。残念ながら、大臣は有名人と同様、私生活も含めて丸裸にされる。そういうことも含めて覚悟なければ、大臣を受けてはならないということだろう。

そして、過去や現在の、どんなスキャンダルに対しても、飄々と受け答えし、どんな危機にも物事の本質を理解し、笑顔で対処できる。そして、あらゆる人の立場に配慮して、この世の中の複雑系を十分理解し発言する。凡そ、そういう態度が最低限求められるのだろう。

大臣には表現能力が求められる。そして、今は、自分の発言は日本国内だけでなく、世界に発信されているという覚悟が必要だろう。また現在は、オフレコなんて存在しないと考えておかなければならない。あらゆる情報がオープンにされるのだ。息が抜ける瞬間はない。それが大臣職だろう。

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2011年7月 6日 (水)

松下禅尼の倹約教育

幼児の頃、親戚の伯母さんからもらった絵本を読んでくれるよう、父や母にねだった。絵は何となく分かっても、文字がまだ読めないから、子供としては、当然の気持ちだが、母はよく読んでくれたが、父にあまり読んでもらった記憶はない。

時々、思い出したように、「読んでやるから、こちらへ来い」と言ってくるが、その時は、あまり読んで欲しくない時。嫌々ながら相手をしていた記憶がある(笑)。

さて、絵本の中に、後年、分かったことだが、松下禅尼の話があった。松下禅尼は北条時頼の母親である。禅尼は、昔の人がそうであるように、倹約に勤めた人である。障子が破れていれば、一部分切り取って、彼女自ら、直した(*注)。

子供の頃、流風が障子を破ると、母が、障子は、障子紙を花柄に切って貼り付けていたのを思い出す。年に一度、全部張り替えるのだが、その他の時期は、流風が破ったからといって、全てを張り替えるわけにもいかない。その結果、今から考えると、花柄の障子紙があちこちについて、貧乏臭いことになっていた。

また母は、家で着る着物についても、何回もほどいて、洗って、洗い針をして、使っていた(伸子張りと言うらしい。洗い過ぎると、袷は、表地は剥げるので、裏地だけを洗う)。流風も、両方に針のついた棒を付けるのを手伝わせられたものだ。それに薄糊を塗って乾かし、乾いた物を再度縫い直すと元の形に戻っていた。着物というものは本来、合理的に作られているものなのだろう。

また以前にも記したが、流風が遊んでいて、こけて、ズボンの脛部分に穴があくと、そこにクマ模様等のアップリケを縫い込んで、隠してくれた。それは子供心に、以前のズボンよりバージョンアップして嬉しかったことを思い出す。今から思うと、そのようにして、子供に、物の大切さを教えていたのだろう。

母親という者は、そういうことを通じて、子供に節約の大切さを教える。禅尼の教えは、戦前の日本までは、そういう教育がされてきた。今は、母親が修理するより、新しい物を買った方が安いと安易に買い与える傾向が強いが、そういう考え方は見直した方がいいかもしれない。倹約は、子供への教育になるのだから。

*注

松下禅尼が直した障子は、一般の障子ではなく、明り障子である。

*追記

流風が、母の節約精神を受け継いでいるかと問われれば、まだまだ疑問符がつくかもしれない。でも、世間と比べると、比較的そうかもしれない。修理できないものがたくさんあるけれど。

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2011年7月 5日 (火)

炊飯器メーカーとの相性

電気炊飯器の調子が悪く、ご飯の出来がよくないので、思い切って買い替えることにした。でも、この炊飯器、実は2年前に買い替えたもの。もちろん、高級品ではないが、初めから故障がちで、修理してもらったが、あまりよくない状態が続いていた。

流風は、家電製品は品目ごとに、絶対というわけではないが、買うメーカーは一応決めている。やはりメーカーの得意分野はあると思う。関西は家電、関東は重電が強いと言われてきたが、持ちがいいのは一般に関東のメーカーだった。

関西のメーカーは、流行に強く、細かな機能を付加したり、いろんな工夫はされるが、基本は消耗品の扱いだ。最近は、この傾向は、東西ともに薄れてきてはいるものの、やはり、その先入観から脱することは難しい。

炊飯器は家電品だが、大手家電メーカーの物ではなく、魔法瓶から生まれた専業メーカーの製品を買っている。ところが、男女と同様、やはり相性というものがあるらしく、A社の物は、ポットにしろ、炊飯器にしろ、いつ購入しても、なぜか、あまりよくない。

今回、今まで使っていた物はA社製で、以前からよく買うB社の商品は、やはり流風には、いい。ところが、B社の商品は家電専門店では、なぜか取り扱いが少なく、最近は、ほとんどA社の商品が並んでいる。そこで、止むなく、A社の商品を買う破目になる。

しかしながら、今回は、A社の商品に懲りて、絶対B社の製品にしようと思っていたら、たまたま行った大手スーパーにあったので、早速買い求めた。今のところ、順調に機能している。ご飯の出来上がりにも満足。B社は、もっと営業を頑張って欲しいものだ。

*追記

一部の方から、B社とは、どこだと問い合わせがあった。ヒントは、「虎」です(笑)。野球の方は駄目ですね(苦笑)。A社は、当然、わかりますよね。ただ、ここでの記事は、あくまで、家電商品との個人的な相性。どちらがいいかは、各個人の判断で違うと思います。念の為。

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2011年7月 3日 (日)

『播磨国風土記』を読む その八 印南別嬢

前回、景行天皇の皇后に、播磨国の印南別嬢(いなみわきいらつめ)がなったことを記した。今回は、印南別嬢について記してみよう。彼女は、『古事記』では、針間之伊那毘能大郎女と表記される。景行天皇(大帯日子淤斯呂和気命)と結ばれ、大碓命と小碓命(倭建命、ヤマトタケル)を産む。

古事記の天皇家の系譜だと、景行天皇は、八坂之入日売命との間に、後の13代の成務天皇(『播磨国風土記』の表記では、志我高穴穂宮御宇天皇。しがのたかあなのみやにあめのしたしろしめししすめらみこと)がいる。では、なぜ印南別嬢は皇后になれたのか。多分、彼女は美しかったのに違いない。それも当時としては十分な教養を備えて。

なぜ、わざわざ、そんなことを記したかと言うと、『播磨国風土記』には、印南別嬢の出生について記されているからだ。

つまり、風土記に記されている所によると、成務天皇の頃、丸部臣(わにべのおみ)たちの始祖である、比古汝芧(ひこなむち)を国の境界を定めよと印南郡に派遣させる。その時、迎えに上がったのが、地方豪族であった吉備比古と、その娘の吉備比売だった(*注)。

政略結婚と考えられるが、比古汝芧は吉備比売を娶り、生まれたのが、印南別嬢なのだ。彼女は、親の躾宜しく、女性として、非常に立ち居振る舞いが美しく、教養もあったので、景行天皇が一目で気に入ったのだった。

となると、これらの一連の話には、普通に考えると、多くの矛盾がある。景行天皇の子供である成務天皇の時代に比古汝芧が派遣されたとすれば、景行天皇と印南別嬢との年齢差は相当大きい。もちろん、可能性はゼロではない。

例えば、成務天皇が、まだ皇太子の頃、比古汝芧を派遣していたとしたら、なんとか辻褄は合う。それでも、そこそこの年齢差だ。そして、成務天皇の母、八坂之入日売命が早く亡くなり、印南別嬢を後に皇后に迎え入れたと考えることもできる。

まあ、ここら辺は、全て推量の域だが、老天皇が、播磨国に巡幸中、地方豪族の若い娘に恋をしたと考えられないこともない。となると、印南別嬢は、当時としては、よくあることだが、かなりの年齢差があり、そういう理由で逃げまわったのかな(笑)。

*注

吉備比古と吉備比売とは兄妹で、孝霊天皇の子だと言う説もあるが、比古汝芧を兄妹で迎えるというのも変な感じだ。ここは親子と考えた方が自然。また吉備の名前から、播磨地域と吉備地域の結びつきが感じられる。彼らは、吉備出身の可能性が高い。

大和朝廷としては、当時、経済力を誇る播磨国を手なづけたい気持ちが大きかったから、その地の有力者と血縁で結びつこうとしたに違いない。また、こういう説が流れるのは、多分、印南別嬢の皇后としての正統性を主張する無理やりの後付け理由だろう。

というのは、ヤマトタケルはあんなに活躍したのに、天皇になれなかったのは、皇后の出自を問題にして、朝廷に多くの抵抗勢力があったからかもしれない。更に、いちゃもんをつけるには、格好の材料があった。それはヤマトタケルが双子であったことだ。母によると、印南別嬢が、獣腹であると非難された可能性があると指摘していた。

ちなみに彼の子の仲哀は、成務天皇に子がなかったため、天皇になっている。

*追記

印南別嬢は二人の皇子を産んで後、城宮田村と呼ばれる宮で、亡くなる。その屍を印南川を渡っている時に、強い風で吹き飛ばされ、川の中に巻き込まれ、探しても、その屍はどうしても見つからなかった。景行天皇は嘆いて、この川の年魚(あゆ)は決して食さないと仰せになったと云う。景行天皇が印南別嬢を深く愛していたのは間違いなさそうだ。

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2011年7月 1日 (金)

低成長下の社会保障

「税と社会保障の一体改革」案では、2010年代半ばまでに消費税を10%に上げるとしている。条件として、景気が好転することとしているが、これはかなり困難なことである。日本国内の状況、海外市場の動向は不透明である。

確かに、消費税は、好景気の時に上げる方が、国民の納得は得られやすいし、流風も、拙ブログで主張してきた。しかしながら、国内、国際経済共に不透明であるので、残念ながら、このことに拘ることは難しくなる。景気動向は、ある程度、無視して消費税は上げることになるだろう。

そうしないと、国債残高の多い日本は、世界から信任されず、国債の下落に伴う金利上昇になり、悪いインフレを引き起こす可能性が高い。デフレも続くと困るが、インフレも望ましくない。そうであれば、消費税の増税は、国民としても呑まざるを得ない。再度、国内の問題を整理すると次のようになる。

一、人口構成の問題

平成22年の総人口は、1億2805万6千人だが、その内、65歳以上の比率は23.1%であり、15歳以下は13.2%である。今後は更に人口構成が逆ピラミッド化していく。すなわち、少子高齢化に伴い、現役世代の減少は、社会保険の加入者の減少や税収を低下させていく。

二、国内雇用と低成長

人口動態の変化と国内市場の成熟化に伴い、国内市場は、今後も低迷する。企業は、途上国等市場が拡大していくので、そちらに成果を求めようとする。初めは輸出を拡大するが、いずれ市場に近い所で、展開することが求められるので、国内雇用の増大にはつながらない。すなわち、海外展開すればするほど、国内の雇用は損なわれる。

三、労働形態の問題

非正規雇用が半数近く占める現代、現行制度では、低所得のため、彼らが高齢者になった時、適切な社会保障を受けられなくなる可能性がある。

以上のように考えれば、現役世代の社会保障は、相互扶助的に、世代を超えて支え合うしかない。そのためには、消費税を社会保障に目的化して、目的税とすることが求められる。

ただ、現在の民主党の主張に憂慮するとしたら、社会保障の範囲を拡大解釈することだろう。基本的に、社会保障は、医療、介護、年金に限定すべきだろう。それ以上に拡大解釈するなら、流風は積極的に支持しない。

ただ、現状を放置すれば、国は予算を組めなくなる可能性もある。消費税のアップは止むをえないだろう。ただ上げる年を不明確にしたのはいけない。2014年までなのか、2015年までなのか、2016年までなのかが不明なら、国民の行動計画も、やりにくい。

民主党の一部の反対意見の議員に配慮したものだろうが、国民には迷惑なことだ。少なくとも、いついつから、これくらい上げると明言して欲しい。そして、「税と社会保障の一体改革」の内容について、全ての国民が理解できるように、くどいくらい広報するべきだろう。少なくとも、地デジの広報くらい頻繁に、やってもらいたい。

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