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2011年7月 6日 (水)

松下禅尼の倹約教育

幼児の頃、親戚の伯母さんからもらった絵本を読んでくれるよう、父や母にねだった。絵は何となく分かっても、文字がまだ読めないから、子供としては、当然の気持ちだが、母はよく読んでくれたが、父にあまり読んでもらった記憶はない。

時々、思い出したように、「読んでやるから、こちらへ来い」と言ってくるが、その時は、あまり読んで欲しくない時。嫌々ながら相手をしていた記憶がある(笑)。

さて、絵本の中に、後年、分かったことだが、松下禅尼の話があった。松下禅尼は北条時頼の母親である。禅尼は、昔の人がそうであるように、倹約に勤めた人である。障子が破れていれば、一部分切り取って、彼女自ら、直した(*注)。

子供の頃、流風が障子を破ると、母が、障子は、障子紙を花柄に切って貼り付けていたのを思い出す。年に一度、全部張り替えるのだが、その他の時期は、流風が破ったからといって、全てを張り替えるわけにもいかない。その結果、今から考えると、花柄の障子紙があちこちについて、貧乏臭いことになっていた。

また母は、家で着る着物についても、何回もほどいて、洗って、洗い針をして、使っていた(伸子張りと言うらしい。洗い過ぎると、袷は、表地は剥げるので、裏地だけを洗う)。流風も、両方に針のついた棒を付けるのを手伝わせられたものだ。それに薄糊を塗って乾かし、乾いた物を再度縫い直すと元の形に戻っていた。着物というものは本来、合理的に作られているものなのだろう。

また以前にも記したが、流風が遊んでいて、こけて、ズボンの脛部分に穴があくと、そこにクマ模様等のアップリケを縫い込んで、隠してくれた。それは子供心に、以前のズボンよりバージョンアップして嬉しかったことを思い出す。今から思うと、そのようにして、子供に、物の大切さを教えていたのだろう。

母親という者は、そういうことを通じて、子供に節約の大切さを教える。禅尼の教えは、戦前の日本までは、そういう教育がされてきた。今は、母親が修理するより、新しい物を買った方が安いと安易に買い与える傾向が強いが、そういう考え方は見直した方がいいかもしれない。倹約は、子供への教育になるのだから。

*注

松下禅尼が直した障子は、一般の障子ではなく、明り障子である。

*追記

流風が、母の節約精神を受け継いでいるかと問われれば、まだまだ疑問符がつくかもしれない。でも、世間と比べると、比較的そうかもしれない。修理できないものがたくさんあるけれど。

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