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2011年8月31日 (水)

噛めば噛むほど、、、

母は体が弱かったせいか、健康食には熱心だった。御飯も、麦御飯にしたり、雑穀米を混ぜたり、玄米御飯にしたりしていた。麦御飯や玄米ご飯と言っても、100%麦だったり、玄米ではない。せいぜい比率にして20%ぐらいを混ぜるだけだろう。

しかし、父は、基本的に白米が好き。麦御飯や、雑穀米や玄米は、美味しくないと嫌がっていた。母は、これらは健康にいいし、噛めば噛むほど味が出ると言っていた。確かに母の言い分はそうであろうが、食べ物は美味しく食べないと、健康によくないのも事実。

結局、週に2回ほど、そのような御飯にするということで、妥協した。ただ、父は胃腸が悪かったので、当日は、父の分だけ白米を炊いていたようだ。

最近、そういった母を思い出して、雑穀米を混ぜたり、玄米を混ぜて炊いてみると、確かに美味しくはない。それでも、噛む回数は増えたような気がする。後は、かなり通じがよくなったことくらい。元々、よい方なのだが、いわゆる切れがいい(笑)。今後も、時々は、そうしてみるか。

*追記

なお、雑穀米とか、玄米は、品質がきちんと管理されたものを買う必要がある。玄米には、農薬や重金属、最近では放射性物質が含まれている可能性がある。流風は、一応、安全性が評価されたものを買っている。

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2011年8月30日 (火)

理屈と現実

戦前の経営者で、後に政治家にもなった人が、面白いことを言っていた。うまい譬え方だったので紹介しておく。

彼が言うには、「一尺のひもを三等分するには、理屈では、0.333...となって割り切れないので、不可能と思いがちだが、現実は、ひもを三つ折りして切っても、どこからも文句はでない」と。

頭で考える理屈と、世の中の現実は異なる。その辺をよく理解して、世渡りすることは大切と説いたのだ。頭では理屈で、できないと思って、やらないのではなくて、皆の納得を得れば、大抵は可能となるのが世の中だ。

その辺の機転と割りきりの臨機応変は、世渡りでは大切だ。若い時は、理屈をこねるが、現実は、世の中を処するには、人と協議する中で、進んでいく。大人になっても、案外、忘れがちだが、意味するところは深い。

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2011年8月29日 (月)

党内闘争と映画『金環蝕』

民主党は、本日平成23年8月29日、新しい代表を選ぶそうだ。党内の権力闘争と言えるだろう。だが、誰がなっても、そんなに期待できる人はいない。まあ、政治に、あまり期待してはいけないのだが。

さて、党内闘争を描いた映画に『金環蝕』(山本薩夫監督、1975年)がある。ビデオを整理していたら、母が録画したものが見つかったので、思わず視てみた。この映画の原作は石川達三だ。自民党政権時代の池田勇人政権、佐藤栄作政権当時の人々をモデルにしている。

かなりドキュメンタリーに近いが、もちろん、架空の話も織り込んでいる。当時は、それまで低迷していた日本経済が、池田政権の所得倍増計画で、かなり産業界も動きがあった。蠢いていたと言う方が適切かもしれない。ちょうど高度成長時代の走りだったかもしれない。

そういう環境下、産業界は、何が何でも仕事を取るために、汚職は蔓延っていたし、現ナマが飛び交っていた。映画では、総裁選で10億円の現ナマが動いている。もちろん、それらは、仕事と引き換えを条件に産業界から裏献金されたものだ。

戦後は、政界だけでなく、巷には、一癖も二癖もある人物が各界にいたと言われる。当時は、金にものを言わして相手をねじ伏せるタイプの政治家も多かったが、彼らに結び付いている人々も、皆、一筋縄でいかない人たちだ。

「清濁併せ呑む」という言葉必要な時代だった。今でも、そうかもしれないが、政治は綺麗事では何も進まない。当時も、官僚を巻き込んで権力の私物化も派手だった。権力闘争は、男の性(さが)だが、民主主義は形だけで、いわゆる、何でもありの時代だったと言える。

この映画では、その例として、政界、官界、電源開発(映画では電力開発)のダム開発に絡む汚職問題を扱っている。ドロドロした権力闘争は、政治記者の買収や腐敗、大陸帰りのフィクサー、裏社会も巻き込んで、怪しい政界だった。権力の維持のためには、なんでもやるという凄さ。

なぜそうなったかは、色々指摘があるが、明治維新で、教養のない下級武士が、政界のトップになったため、権力を握れば、お金を自由にできるという考えが蔓延したと言われる。明治維新から、そのことは引きずっているのだ。

もう一つは、戦後の復興のどさくさには、各種いろんな人間の協力が必要で、彼らを利用したことが、つながりを生み、その後の政界が、汚れていったという。だが、人間社会を捌くには、難しい問題だ。

ところで、自民党が政権を逃し、政権が民主党に移っての代表選び。度々代表を代えるのは自民党と変わりない。自民党の遺伝子を引き継ぐ人も多いから、同様なことが行われたのか。今回は、現ナマが飛び交ったのか。それとも権力を握ってからの政党助成金を握ることに眼目があるのか。『金環蝕』の時代に逆戻りさせてはいけないだろう。

国民から見れば、遠い世界の意味のない闘争のように見える。政治も、もう少し進歩して欲しいものだ。政治の仕組みそのものを根本的に、変えないと、どうしようもないのかもしれない。でも、人間社会である限り、いかなる仕組みを作ろうとも限界があることも事実だ。個々の政治家の自覚に期待するしかないのかもしれない。

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2011年8月28日 (日)

甘酒いろいろ

甘酒は、観梅や雛祭りの頃だけでなく、夏は夏バテ予防として、江戸時代から愛飲されてきた。父も、大好きで、夏になると、普段、買い物はしないのに、缶入りの甘酒を、たくさん買ってきて、母を驚かせていた。

最近は、缶入りだけでなく、いろんなものが売られている。一応、列挙しておこう。

 一、濃厚タイプ甘酒

     どろっとしており、そのまま食してもいい。

     プレーンヨーグルトで割ると、なお美味しい。

 二、缶入り甘酒

     ややどろみがあるが、飲みやすい

 三、ワンカップタイプ甘酒

     若干、味が薄いが、気軽に飲める

 四、簡易温めタイプ甘酒

     パックごと、お湯で温めて、容器に移し替えて飲む物

 五、フリーズドライタイプ甘酒

     フリーズドライの甘酒をお湯や冷水で戻すもの

いつの間にか、各種いろんなタイプの甘酒が売られている。流風は、いろんなタイプをそれぞれに楽しんている。夏バテしそうになっても、甘酒飲めば、大丈夫。先人の知恵は大きい。

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2011年8月27日 (土)

日本は、国際会計基準(IFRS)に参加するな

国は、欧米が作った基準にいつも従うことが正しいと思っているのだろうか。彼らが作る基準は、常に彼らの国益になるように作られている。彼らは決して、損になるようなことはしない。博打で言えば、胴元に、なろうとする。国際会計基準(IFRS)についても、そういうことが言える。

しかし、それは裏を返せば、彼らの作った基準に参加すれば、不利益を蒙る国があるということである。そういうことが分かっているのかどうか分からないが、日本の会計の責任者は、参加に積極的という。

彼らは、記憶力はいいが、子供の頃に、喧嘩もしたことのないような、世間知らずのお坊ちゃん、あるいはお嬢さんかもしれない(官僚も同様だ)。お金に苦労しないと、表面的なことで妥協してしまう。海外の国際機関(欧米に都合のいい談合組織だけれど)の深謀遠慮を探ることもなく、安易に協調して、国益を損じる結果になる。日本は、外国との交渉事は全て、そのようだ。

以前にも記したが、そもそも時価会計というものは極めて怪しい。企業買収には便利な仕組みかもしれないが、企業買収による成功は極めて少ないのも事実だ。違う企業文化の企業と企業が結びつくには、それなりの長期の擦り合わせが必要で、会計上で、安易にくっつけても、それは真の統合にはならない。

それに日本は、災害の多い国だ。それに対応するためには、常に「予備」が求められる。会計で言えば、「含み」が必要だ。それは簿価会計であれば、含み資産を計上できる。時価で評価すれば、すべてが丸裸で、企業に余裕は全くなくなる。

それぞれの国には、それに相応しい会計制度があるはずだ。国の災害リスクをも含めた会計制度であるべきで、それは欧米主導の会計制度でいいわけがない。会計の専門家は、早く、そのことに気づいて、国際会計基準(IFRS)への参加を取り止めるべきだろう。

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2011年8月26日 (金)

サービス業の人の品質管理

サービス業の品質管理は、難しい。すなわち、対象が人とシステムだからだ。まず、システムの方は管理しやすいかもしれないが、それでも、流れに合わせて次々と変更しなければならず、それを徹底することはなかなか困難なことだ。きめ細かい処理のシステムがないと、運営に支障をきたすことも、しばしばだ。

もう一つの人は、もっと難しい。サービス業に於いて、人は商品であるからだ。しかしながら、人はモノではない。一つの人格の所有者であり、人権もある。自社のサービスに相応しい教育をして、企業に相応しい人材にする必要がある。そのようにして、初めて、人はその会社の「商品」になる。

だが、サービス企業は、コストのかかる人材教育を怠るところが、残念ながら多い。更に問題は、サービス企業は非正規従業員が多い。彼らには、十分な教育が施されることは極めて少ない。初めから企業にとって都合のいい人材は、世の中にいないのに、存在すると錯覚してしまう経営者たち。

それに、戦後65年も経つので、日本人の人材の質は戦前と明らかに異なる。なのに、経営者が戦前と同じ感覚で、人材に期待すると間違ってしまう。ところが、実際は、戦後生まれの経営者が多いのに、人材に対しては、戦前のような期待をしてしまう不思議さ。

それでは、サービス業において、どういう人材管理をすればいいのか。企業目標を明確にし、あるべき方向を明示するのは、どこの企業も同じだ。その上で、サービス業では、基本的には、職人育成のような毎日のチェックが必要だ。人材を作り込む感じだ。

後は、正社員、非正規社員共に、毎日の仕事を通じて、同志感の醸成だろう。そのためには、企業の存在価値や使命感を徹底することが望まれる。サービス業の人の品質管理は、経営を左右することを忘れてはならない。

*注記

以上述べたことは、製造業でも同じではないかという意見が出る。しかしながら、製造業は、「モノ」を介在して市場に出る。だが、サービス業は、人から直接、顧客にサービスが提供されるから、即、顧客から反応が出るので、日々のチェックが、より以上に大切となる。すなわち、修正するのに時間的猶予がない。その意味で、サービス業はビジネスとしては、より厳しい。

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2011年8月25日 (木)

朝はしっかりと食事を

朝起きて、一日の初めに、しっかりと食事しておくことは大切だ。そのことは、度々、識者から忠告されるが、できない人が未だにいる。一日を元気に過ごすには、まず朝食をしっかり摂ることだ。軽食では、昼までもたない。コーヒーと食パン一枚というのは最悪だ。

現代は、サラリーマンが多いので、そんなにしっかり食事しなくていいという意見も聞こえてくるが、脳が一番エネルギーを消費するのだから、中途半端なエネルギー補給では、能力を発揮することも難しい。

朝、子供のように、勢いよく駆け出すパワーが必要だ。元気であれば、大きい声も朝から出る。それは周囲も明るくする。そのためには、朝食をしっかり摂ろう。そして、やるだけのことをやればいい。それだけで、極楽、極楽。成果を上げる人は、その継続ができた人。

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2011年8月24日 (水)

壁に耳あり、障子に目あり、ということ

最近は、あまり居酒屋に行かないが、若い時は、同僚や先輩とよく行って、上司の悪口や会社のやり方が悪いとか言って、憂さを晴らしていた。今でも、時々、行くと、会社員らしき人たちが、大きな声で、わいわいやっている。時代は変わっても、人間やることは同じだ。

ただ、上司の悪口ぐらいで収まれば、それは問題ないが、会社内の悪い噂を話すのは、あまりよくないと思う。「壁に耳あり、障子に目あり」と言われるように、どこで誰が聞いているかもしれない。それに最近のサービス業は、従業員教育が十分でないところも多いので、どこから情報が漏れぬとも言えない。

また、最近は、内部告発として、社内情報を外部に積極的に伝えるということも、よくされるようだが、本来は、あまり望ましくない。企業が反社会的行動を取っている場合は、仕方ないが、告発によって、全てが失われることを覚悟しなければならない。

武田信繁も次のように言っている。なお、信繁は信玄の実弟。

  他家之人に対し、家中の悪事、努努(ゆめゆめ)語るべからず。

  云う、好事門を出でず、悪事千里を行くと。

企業は、それぞれ他社と競争している。敵方に足元を見られるような隙を見せてはいけないということ。企業内部での処遇への不満から、度々内部告発はされるようだが、問題があるのなら、まず、それを糺す努力が必要。それでも、どうしても無理なら、去ればいい。告発などして、一時的に讃えられても、多くの人の恨みを買うだけだ。

また、大きく脱線してしまったが、社外で話す内容には、社員は慎重にならねばならぬ。だが、最近の大企業のトップの中には、情報公開の解釈を勘違いして、経済誌や新聞等マスコミのインタビューに、ぺらぺらしゃべる人がいる。

そういう企業の社員は、余計なことを話さないか、はらはらしながら、それを見つめている。彼らトップたちは、「壁に耳あり、障子に目あり」に気をつける以前に、まず、その資質に問題があるのかもしれない。

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2011年8月23日 (火)

海舟の内政論

勝海舟は、内政論を説いて、そのコツを述べている。一部流風なりの解釈で示せば、次のようになる。

一、杓子定規の法律万能主義は失敗する。

理屈で、政治課題が全て解決するのなら、政治家はいらない。そこには、民心との呼吸がなければならない。現在の日本の政治が問題なのは、短期政権が続き、官僚に頼っていることだ。官僚は法律の枠内で発想する。日本の停滞の根本は、そこにある。

二、過去に争ったライバル政治家であっても、正当に評価すること。

世の中の人々は、そういうことを見て、現在の政治家の器を確認している。民心を収攬する心構えが大切なのだ。またライバルは、とことん追いつめてはいけないとも言える。敵の敵は味方で、いつライバルが見方になるか分からないからだ。そういう哲学が、現在の政治家に果たして、あるのかどうか。

三、人材は、効率より、効果を重んじる。

民の実情をよく把握して、それに適応する政治をする。法律に捉われるのではなくて、実際問題の解決を優先する。そこには、誠心誠意の姿勢が問われる。まず才能より人材の人間性が問われる。理より情を優先させることだ。

四、法律の土台を変えるようなことをやってはいけない。

営々と築いてきた、やり方というものは、慣習や文化も含めて、急に変えられるものではない。悪弊は除かなければならないが、基本の土台は、崩してはならない。

五、政治家は、民心の掌握に骨を折れ

民心の掌握は容易ではない。民は、本当のことを必ずしも語らない。世論調査の結果を信じてはいけない。常々、普通の生活の人々の本音を探ることが大切だ。「下情」を知ることは大切なのだ。それには、いろんな工夫をする深慮が求められる。

六、国は、質朴簡易が求められる。

行政を複雑な組織構造にしてはならない。お金のかからないシンプルな仕組みにする必要がある。現在の日本は、複雑な法律を作って、組織がややこしくなって、運営コストが高くなり、執行スピードも鈍っている。また、国民は、国に対する依存心を低くすることが求められる。独立独歩の精神が、必要だ。

七、租税は安く

国が税を集めて、分配する仕組みは、あまり宜しくない。軽い税で民力を養うことを優先させよ。ただ、現在の日本は、バブル後の減税をやり過ぎたため、一応、「国民」は金持ち、「国」は貧乏で、税目によっては修正は必要。国の過大な借金は、回り回って、民の負担になることを忘れてはならない。

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2011年8月21日 (日)

兵庫県播州地域の大地震の可能性

日本は、阪神淡路大震災以降、地震の活動期に入ったと言われるが、阪神淡路から16年後に東日本大震災があったことは、それが正しかったことを証明している。今後も、主として、太平洋岸に3つぐらいの大地震が予測されているが、十分ありうることだろう。

関西では、周期的には、南海大地震が噂されている。東日本大震災と同じ周期で、過去に震災があったからだ。今から、そう遠くない時期に起こってもおかしくない。そして、その流れで、兵庫県播州地方でも、地震の可能性が指摘されている。

兵庫県西部の播州地域には、昔から活断層がある。断層は、山崎断層と呼ばれるもので、全長87㎞もある。西は岡山県勝田町~兵庫県佐用町~山崎町~安富町~夢前町~福崎町~加西市~小野市~三木市へと続く。

過去には、「播州国大地震」として、西暦868年に、マグニチュード7以上の震災があったと記録に残っている。1000年周期とすれば、いつ起こっても不思議ではない。むしろ遅いぐらいだが、自然の周期は、人間の考えるより幅があるのかもしれない。

その他の近隣地区では、記録によると、1412年、兵庫県高砂市米田付近で、マグニチュード6.5クラスの地震を経験し、1818年には、兵庫県宍粟郡安富町付近でマグニチュード6.0クラスの地震を経験している。多くの寺社仏閣の倒壊があったようだ。

近年の大震災の予測によると、震災が起こると、死者3千人、負傷者2万2千人、家屋の全壊5万8千棟、半壊9万4千棟らしい。海側は内海のため、海岸線の津波の影響は小さいが、河川への影響が心配される。後は一般的な震災の被害が予測される。

播州地域は、比較的災害の少ない地域だが、山崎断層がらみの震災は、大掛かりなものになると予測され、油断は禁物だ。いつ起こっても対応できるように、十分な用意と準備を心掛けたいものだ。

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2011年8月20日 (土)

神戸のベンチャー企業が除染実験に成功

このブログでは、個別企業について、あまり記さないのだが、今回は取り上げておこう。ニュースによると、兵庫県立工業技術センターと、神戸市のベンチャー企業、八紀産業は、放射性物質に汚染された土壌の除染実験に成功したようだ。

八紀産業の凝集分離剤「フロッグ(FROG)」で吸着し、90%以上の高い割合で放射性物質を除去できるという。「フロッグ(FROG)」自体は、アオイ科の植物や海藻由来の化石などの天然素材を原料としている。

実験によると、放射性ヨウ素、セシウムなどを吸着するそうだ。これが具体的に活用されれば、除染の問題は、一定の目途が立つかもしれない。早く、実用化の目途を立てて欲しいものだ。

なおベンチャー企業、八紀産業については、昨年、NHKでも、取り上げられたそうで、活動内容については、下記参照。

    http://www.youtube.com/watch?v=cnUsN4lydQE

  

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2011年8月19日 (金)

福島被災地の子供たちの集団疎開を

広島原爆20個分と言われる福島原発事故による放射能汚染は計り知れない。今まで、国の対応を見ていると、事故の終息に、注意が行き過ぎて、被災者を守る視点が不足している。それは震災後、すぐ指摘したが、今も変わっていない。

恐らく、国は、どの程度の放射能の汚染が人体に悪い影響を及ぼすのか、正確に把握していないか、あるいは無用の混乱を恐れているのかもしれない。被災者は、結局、正確な判断ができず、残念ながら、震災後、すぐ自分の判断で西日本等へ疎開された家族もあるが、まだ残っている人も多いようだ。

しかしながら、福島の子供たちは、今からでも、全国各地に集団疎開するよう手を打つべきだろう。すでに放射能の汚染は人体に及んでいるかもしれないが、累積するのを防ぐには、早く、その地を離れるしかない。

除染というが、いつまでに、どの程度進むか、分からない以上、当面、疎開させた方がいい。震災時、各地で、被災地の子供を受け入れるホストファミリーとか、集団疎開受け入れの準備をした地域自治体もあった。再度、全国に呼び掛けるべきだろう。

また被災地の子供たちの両親も、子供をしばらく手放す決心をすべきだ。もちろん、実際は、現時点では、それほど影響ないかもしれないが、将来のことはわからない。ところが、不安だ、不安だと言いながら、現地に留まれば、心も蝕まれるだけだ。

それなら、不安に思って暮らすよりも、安全な地域で暮らした方がいい。別に海外に行けと言ってるのではない。日本であれば、どこに住んでも、そんなに変わらないし、お互い連絡も取り合える。子供の国内留学だと思えばいいのだ。そうすれば、子供たちは逞しく成長するだろう。

*追記

集団疎開を受け入れた自治体には、支援も必要だ。福島県は、被災者見込みが過大だったとして、義援金を90億円返却するらしい。それなら、それを疎開費用に充てればいい。

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2011年8月18日 (木)

益者三楽、損者三楽

益者三楽、損者三楽という言葉がある。「楽」は「ごう」と読み、「願い」の意味らしい(書籍によっては、「楽」を「友」とするものもある)。孔子が『論語』(巻第八)で語っているものだ。ただ日本では、様々に解釈されて流布している。流風から見ても、そんな解釈ではないだろうというものも多くある。中には、本来の意味からは遠いようなものまでもある。漢語を日本的に解釈してきたことは今も続いていると言ってよいだろう。

本来は、中国語も日本語も分かる人に再翻訳してもらった方がいいと思うのだけれど、残念ながら、それほど進展していない。流風も中国語が分からないので、ある書籍の解釈で、記してみる(岩波書店『論語』金谷治訳)。

それによると、「益者三楽、損者三楽」とは、「有益な楽しみが三種、有害な楽しみが三種」とある。具体的には、「礼儀と雅楽を折り目正しく行うのを楽しみ、人の美点を口にするのを楽しみ、優れた友だちの多いのを楽しむのは、有益だ。わがまま勝手を楽しみ、怠け遊ぶことを楽しみ、酒盛りを楽しむのは害だ」(一部、漢字に修正)と。

学生諸君も、夏休みも終盤に入り、「損者三楽」から抜け出すことが必要なようだ。まあ、これは一般人にも言えることだけれど。「益者三楽」は、どの程度を指すのか分からない。人の長所を口にするのは、いいことだけれど。ほどほどにね。

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2011年8月16日 (火)

今年(平成23年)のお墓参り

今年も、お墓参りは、例年の如く、お盆が始まると、すぐ午前中に早く行った。そうすると、いつもより、お墓参りする人が多かったのには、少し驚いた(あくまでも、流風の檀寺に限ったことだけれど)。いつもは、若干出だしは悪いからだ。

暑いから、早く済まそうという人が多いのかなと思ったが、昨年も猛暑だったから、そうでもなさそうだ。例年なら、墓参りされない墓が、いくつも見られるのに、今年は、ほとんどの墓に花が供えられ、ローソクと線香の煙があちこちで上がっていた。いいことだけれど、珍しい。

なぜなのか。やはり今年は、大震災があったからだろうか。命の儚さを感じたからだろうか。日本にいれば、いつ、そのような災難が襲ってくるか分からない。やはり先祖に祈って守ってもらうしかないのかもしれない。

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2011年8月15日 (月)

耳当たりのいい主張は、もういい

菅首相の退陣が確定して、次の民主党代表の選出と、首相選びが、また始まる。しかし、毎年、永田町の論理で首相を変えようとする政界には、何も期待できなくなりつつある。政治評論家も、マスコミも、基本的に、国益を害する人たちで固められている。

そもそも、首相の在任期間1年では、何もできない。首相の適否を、首相を選んだ後で、非難するのも、どうかしている。全く、ご都合主義としか言えない。自分の意見と違うことをすれば、首相を引きずり降ろそうとする、そのやり方では、政治はできない。

そして、そのように無駄な時間を費やしている間に、日本の置かれた環境は、どんどん厳しくなっている。政治家は呑気なものだ。国益を無視した政治家の権力闘争は、国民にとって、何もいいことはない。

結局、新しい首相を選ぶ代表選では、耳当たりのいい主張が聞かれたりするだろう。例えば、マニュフェスト維持だったり、増税反対という主張だ。しかし、この主張には裏がある。民主党のマニュフェストは、拙いものだったが、あまり「約束手形」を増発することは望ましくないことは明らかだ。結局は、財源が無ければ、「空手形」になってしまう(*注)。それは国民にとっても不幸なことだ。

また増税反対派は、インフレ期待であることを忘れてはならない。増税は現在の実質所得等を減らすが、インフレは、将来の貨幣価値を下落させる。増税反対は耳当たりはいいが、インフレは将来の生活を奪う。

日本のように高齢社会では、困る人が増えるだろう。全ての国民は、増税を嫌がるが、反対給付を受けるには必要だ。それとも将来のインフレで実質反対給付が減ることを望むのか。

その辺は、個人の価値観や世代差によって異なるが、現在は、過去の政権による、約束の反故が国民に不信感として浸透しており、新しい政権は、本当の国の実情を語り、政策のメリット・デメリットを明らかにし、信頼を生む努力をしてもらいたいものだ。耳当たりのいい主張は、もういい。

*注

今回のように大震災などが起これば、政治環境は大きく異なってくる。そんな時に、マニュフェストに拘るのはナンセンスである。きちんと国民に説明すれば、理解される。変に拘ることが、いいとは言えない。

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2011年8月13日 (土)

衆議一決させるには

いろんな意見を部下から集め、それを集約して、結論に導くという方法は、やはり適切であろう。そのためには、組織の風通しがよく、何でも自由に意見が述べられる雰囲気が必要だ。この前提条件なしに、衆議一決は難しい。

土井利勝は、そういうことができる名人だったらしく、彼の採る判断は、ほとんど間違いがなかったと云われる。彼は、部下でも、地位の低い家臣の意見も、これは、という内容については、よく聞いたそうで、彼らの意見も、よく取り入れている。

もちろん、そのままというわけではなく、彼なりに意見を修正して、取り上げている。そういうことで、自分たちの意見が採用された家臣たちは、いつでも意見を言ってくれるようになり、よい循環になったらしい。

意見を集約するには、確かに時間がかかるが、それを惜しんではいけないということを示している。

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2011年8月12日 (金)

壊れる西欧社会から学ぶ

イギリスが大変なことになっているようだ。若い人たちの暴動は、社会の変化の大事な要因を示している。7月22日にノルウェーで起こった連続テロと同じかもしれない。長い不況の煽りを受けて、失業率が高く、若者たちが、はけ口を求めているのかもしれない。

また、好況期に、労働力不足を補うために、安易に移民政策を進めた結果、好況期には問題が無くても、不況になると、一般国民は、仕事を彼らに奪われていると感じることも影響している。

基本的には、移民というのは、どこの国でも難しいということを示しているのかもしれない。それは更に、移民排斥、人種問題、宗教問題にまで発展する。これは何を意味するのか。

国や企業の身勝手で起こった社会事象なのだろうか。国際競争のためのコストダウンのために、安価な人件費を求めるが故に、移民の利用をやったが、彼らを便利使いした結果、その反動が来ているとも言える。人はモノではない。そこに限界がある。

すなわち、移民を受け入れる長期的社会的メリット、デメリットを十分考えず、移民政策を推し進めた結果が、このざまだ。文化が違うということは、初めから分かっておきながら、そのことに配慮せず、国民への説明・同意も曖昧に事を進めたのだろう。

これは日本だって、十分注意しなければならない。ブラジル人の雇用問題もあったし、中国人等の研修生問題もあった。まだ問題は起こっていないが、インドネシア人の看護師・介護師問題も、将来起こらないとは言えない。

また日本の若い人たちが、仕事を選び過ぎる問題もある。現業の仕事を嫌がり、一見、楽に所得が得られる仕事を選択しようとする。また親も、高学歴だったら、それに相応しい仕事・職種を望むが、雇用とのミスマッチで、職が得られない若い人も多い。それでいいのだろうか。

更に、労働の義務も忘れて、就職しない若者がいるのは問題だろう。それは親にも問題がある。いずれ、彼らが間違った大きな不満勢力とならない保証はない。すなわち、職種を選び過ぎ、賃金が安いからと言って、日本の若い人たちが仕事の選択の範囲を縮めれば、西欧社会と同じ現象が起こらないと誰が言えようか。

社会には、どの時代も必要な職業はある。学歴と仕事は必ずしも一致しないケースも覚悟すべきだろう。もちろん、国は、教育の体系を、高校から、「事務職」育成から、「専門職」育成に、大きく変更する必要がある。雇用のミスマッチは、国を危うくしかねない。壊れていく西欧社会は、他山の石とすべきだろう。

*追記 参考 拙ブログ 『移民の難しさ』でも、同様な問題を指摘した。

*2016年6月25日追記

英国が、ついに国民投票で、EUを離脱するようだ。上記の記事を記したのが2011年だから、5年経って、国民の不満が、ここまで来たかという感じだ。いつの時代も、行き過ぎた世界主義と行き過ぎた国家主義は破綻する。

一神教のキリスト教原理主義によるグローバル化の限界が露呈したとも言える。当面、世界主義の否定、見直しの動きは強くなるだろう。ただ、それが極端な国家主義に走らないように注意を払う必要がある。

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2011年8月11日 (木)

状況判断の大切さ

仕事では、状況判断が大切だ。企業環境(市場環境、経営環境等)の状況は刻々と変化していくが、特に大勢を捉えることは、大きな意味を持つ。これを誤ると、徒労になることも多い。無駄な努力になってしまう。どんなに努力しても成果が上がらなければ評価されない。ビジネスは厳しい。

さて、関ヶ原の戦いに於いて、東軍・西軍の戦力は一応均衡していた。いや、むしろ西軍の方が優勢だった。家康は、諸将に物見に行かせ、西軍の分析をさせる。そして、そのほとんどの報告は、「敵方の軍勢は、9万から10万もありそうだ」ということだった。つまり暗に、自軍が劣勢だと伝えているのだ。

ただ、その中に、黒田二十四騎の一人で黒田長政に仕えた毛屋主水だけは、「せいぜい1万に過ぎませぬ」と報告する。それを不思議に思った家康が、直々に尋ねると、彼が答えて言うには、「敵方は、石田、小西等を1万を除けば、たくさん兵を出しているとはいえ、皆、様子見に過ぎない。主力を破れば、総勢が雪崩を打ったようになる」と分析して見せ、家康を喜ばせたという。

このように戦場で、冷静な判断を心掛けることは、普通、なかなかできないものだ。彼は、常に状況判断が、どんな場合も冷静に的確にできる胆力が備わっていたと思われる。今、国際社会も、混沌としているが、その本質を見極める必要がありそうだ。現代の毛屋主水はどこにいるのだろう。

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2011年8月 9日 (火)

三不祥のこと

企業において、人材を活かすも殺すも上司次第だ。かつては、いかに人材育成するかに経営者は腐心してきた。ところが、管理者が、その意味を理解していない時は最悪だ。現在は、大手企業というところも、人材を使い捨てにしているところもある。人材をモノ扱いしていては、成長に限界があると知るべきだろう。

太田道灌も、同様のことがあったのか、国を憂いて、告発状を認めている。有名な箇所は次の通りだ。

  古人云く、国に三不祥あり。

  賢人有るを知らず一不祥、

  知って用いざるを二不祥、

  用ふるも任ぜざるを三不祥と。

世の中に賢人がいることも知らず、あるいは知ろうともせず、折角、知己を得たのに、用いようとせず、用いても、それなりの仕事をさせるに相応しい地位に任命しない。そんなことでは、人材を活用できず、企業も国家は成長しない。

道灌の憂いは、現代の巷にも溢れているかもしれない。但し、経営者は、自社の組織風土を睨みながら、内外の賢人(抜擢及び外部人材)の活用を考える必要はある。そして、そこには、経営者の強い意志がなければならない。

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2011年8月 8日 (月)

繁文縟礼の整理と身を修める教育

文化が熟成してくると、どうしても繁文縟礼(はんぶんじょくれい)になる。最近は、あまり耳にすることが無くなった言葉だが、念のために意味を記すと、次のようになる。すなわち、「規律や規則が細々として多く、礼儀作法がわずらわしいこと」を指す。

北条早雲は、関八州に入った時、その地が、あまりにも京都的な繁文縟礼の弊風が強く、呆れてしまった。そこで、繁文縟礼の弊風の廃止して、組織の風通しを良くしたと伝えられる(*注)。

最近の日本については、礼儀作法については、いい悪いは別にして、あまりうるさく言わなくなった。ところが、法律が細々として多くなりすぎている。何か問題が起これば、大騒ぎして、官庁や議員に言いたてて何でもかんでも法律を作らせる。

それがため、法律でがんじがらめになり、官の組織が複雑になり過ぎて、いざという時、行政が動けないようになっている。恐らく、今回の大震災でも、適切に行政が動けないのも、そこら辺に大きな理由があると思う。法律と組織の整理が急がれる。それは国家プロジェクトでもいいだろう。

そして、そのために、今、日本人に問われているのは、法律の前に、いかに主体的に、適切に正しく動ける教育がされているかということに尽きる。それに関しては、恐らく戦前の小学生に対する修身教育が、戦後、内容の見直しは必要としても、抜け落ちていることが、残念ながら、それを引き起こしている。

結果的に、義務より権利を主張する人が増えているのだ。これらは、今後の日本の改革点であろう。

*注

早雲は、繁文縟礼の弊風を廃止しただけでなく、苛酷な税を免税によって民力を休養させている。すなわち、地租が安くなった。徳川氏は、その後に来るが、税の安さに慣れきった土地柄に苦労したという。

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2011年8月 7日 (日)

タガが外れた米国債というリスク

ついに懸念されていたものがやってきた。米国格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズ社が、米国債の長期信用格付けを「トリプルA」から「ダブルAプラス」に引き下げた。噂では、そういう話があったが、とうとうそのようなった。

流風は、必ずしも格付け会社を信用していないが、国の国債となると、ある程度、信用せざるを得ない。情報は明確だし、人的作為の入る範囲は極めて限られている。戦後、米国債は、一流の証しだったが、遂に転落したことは、時代の転換点であることを表している。

今まで、どうにかこうにか、無理やり理屈をつけて「トリプルA」を維持してきたが、評価会社は、もう、どう評価しても、格付けを落さざるを得なかったのだろう。それほどに事態は深刻だ。一部金融関係の人々の楽観的な見通しには危惧せざるを得ない。

ドルは更に下落し、その煽りを受けて、円は更に上がっていくだろう。いわゆる、タガが外れたのだ。転落するスピードは速い。従来と違うスピードでドルは下落していく。最早、為替介入など何の役にも立たないことを日本の当局は、やっと知るだろう。

輸出企業は、騒ぐだろうが、根本的に輸出決済の仕組みを大きく転換し、ドル決済も縮小する検討が必要だ。あるいは、変動相場制を離脱し、固定相場制への再移行の検討も必要かもしれない。

*追記

円高が続く限り、国内空洞化が懸念されるが、新しい国内産業の育成と、日本しかできない高付加価値商品の開発に努めるべきだろう。そして、敢えて海外企業と競争しないというのも、戦略に組み込む必要があるだろう。そういう視点を持てば、新しい展開が見えてくる。

*平成23年8月21日追記

米国債の格付けは、更に下がる可能性が出てきた。現在、格付けが下がったのに、人気があるらしいが、変な感じ。格付けを疑っているのかもしれないが、米国の実情は、宜しくない。格付けがさらに下がり、ドルが下落する可能性がある。

当局の為替介入は、最早、意味がない。企業はドル決済を避け、円決済に転換するべきだろう。日本はまだまだ円建てが3割程度と聞く。比率を倍程度にすることが望まれる。ビジネスが欧米中心から、アジア中心に転換する中、改善の余地は十分にある。

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2011年8月 6日 (土)

黄金の袋

人間、生きていくには、ある程度のお金は必要だ。だが、それだけでも生きていけない。お金だけあっても、役に立たなければ意味がない。適切に使って、必要なモノが手に入るようにしておくことは大切だ。

ただ、お金があれば、何でも手に入るというのは、大きな錯覚だ。作る人や売る人に感謝しつつ、モノに感謝し、有り難く思うことは必要だ。今、東日本では、福島原発事故の影響で、古米が売れているそうだ。新米は汚染の可能性があるからだ。

お金(経済)のために、原発を推進したことが、今、国民を苦しめている。誰が悪いとかは言うまい。国民も長く、その恩恵は受けてきた。しかしながら、ここで立ち止まり、もう一度考え直す必要がある。

経済と生活のバランスを十分吟味して、生活を犯さない仕組みを作る必要がある。国家は国民から成っている。国民が苦しむようなら、いくら黄金の入った袋を積み上げても、誰も幸せにはなれない。国や国民にとって、何が重要なのか、考える時期に来ている。

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2011年8月 5日 (金)

仕事の完成は20年

事業の生命は30年とか言われるけれど、一般に仕事の完成は20年かかる。最近は、10年でも待てないから、数年で成果を上げよという指令を出す経営者もいるが、本当の仕事を理解していない。

成果を急げば、それは手抜きしなければならない。それは中国の鉄道事故を見れば分かる。そういうことは、日本人も似たような失敗している人はいる。彼らを決して笑うことはできない。

仕事の完成には、それなりに時間をかけないと、完成度の低いものになってしまうことを再認識しなければならない。今は、国際競争が激しいので、ライバル国を意識し過ぎて、粗雑なものづくりになっていないか心配だ。

それは自動車のリコールが多いことにも現れている。その他の家電製品でも、価格競争に重点が行き過ぎて、本来の物づくりを忘れている粗雑な物づくりになっている企業もある。もちろん、これらの企業は自然淘汰されて、産業界から消えていく運命にある。

これらは別に物づくりだけでなく、全ての仕事に言えることで、仕事の完成には20年程度かけて、やっとまともな仕事ができる。だから、人生に於いて、できる仕事は、せいぜい二つか三つである。あまり欲張ると中途半端な仕事しかできない。

人生の中で、何らかの成果を上げるには、仕事をじっくり完成させることが大切で、経営者も、そういう視点で従業員を見守る必要がある。

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2011年8月 4日 (木)

自智の人

世の中、頭のいい人もいれば、悪い人もいる。但し、それは単に学歴で判断できない。学歴があっても、頭の悪い人はいる。反対に学歴がなくても、頭のいい人もいる。結局、それを分けるのは、智恵ということのようだ(ちなみに昔の人は、智慧と表記した)。

また智恵は、山下亀三郎氏によると、他智と自智とに分けられるそうだ。他智は、学問等知識のこと。すなわち、書物や、他者の話から情報を取ること。自智は、自らの判断で、他智を活かすこと。

彼によると、他智の人は、自智の人を使えないが、自智の人は、他智を使える。これは政治家と官僚の関係に近くないか。政治主導はいいが、官僚をうまく使うことは可能だ。そのためには、政治家は、官僚より広く世間のこと(民心)を深く知らなければならない。

現在の日本の政治家に不足しているのは、そういうことではないだろうか。そして、国民は、選挙ばかり気にしている政治家に碌な人物はいないことを再確認しよう。

*追記

国民の意見は、世界的視野、国家的視野に欠ける場合もあり、いつも彼らの意見が全て正しい訳ではない。あるべき姿を国民に説明し、民心を理解しつつ、国民にとって辛いことも説明する努力を怠ってはならない。国民迎合政治が、一番危険な政治だということを、政治家も、国民も、忘れてはならない。

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2011年8月 3日 (水)

これから結婚する若い女性たちへ

今回は、若い女性たちに、結婚後の箴言を紹介しておこう。結婚に関する箴言とか、ことわざは、意外と西洋に多く、日本は少ない。それでは、有名なものをいくつか、挙げておこう。

「急ぐとロクなことがない。気楽にやりたまえ」(名探偵エルキュール・ポアロの言葉。もちろん、実際は、作者アガサ・クリステイの言葉)

結婚は、違う環境で育った男女が一緒に生活すること。結婚後、色々、考え方や、やり方の違いに戸惑っても、結論を急がないことだ。時間をかけて、擦り合わせしなさいということ。

「女の大いなる野望とは、男に愛を吹きこむことである」(モリエール)

男は、妻から愛を感じる限り、心が離れることはないということ。常々、妻は夫にじんわりと愛を伝え続けなさい。反応は、それぞれだが、何も言わなくても、夫の心に届いている。

「よい妻というのは、夫が秘密にしたいと思っている、些細なことを、常に知らぬふりをする。それが結婚生活の礼儀の基本である」(サマセット・モーム)

何かと夫の(男女関係の)過去や、現在の行状を詮索して大騒ぎする女性がいるが、あまり幸せではない。自ら、不幸を招いている。もちろん、夫の借金とか、無断の大きな買い物には、注意を払う必要があるが、それは家庭経済を崩壊させる可能性がある場合のみ。

まあ、以上の箴言は、全て常識のある夫の場合のみ、当てはまるのだけれど、参考にしてみて。

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2011年8月 2日 (火)

野菜のお酢煮

暑くて、少し料理をさぼっていたのだが、先日、お惣菜を買って、これなら自分でもできそうだと思い作ってみた。それが、野菜のお酢煮。甘煮と言った方が適切か。適当に作ってみたが、割といい感じ。忘れないうちに、備忘録として。

材料は、ジャガイモ、人参、玉ねぎ、ピーマン、カボチャ。適当に一口大に切って、鍋に油を適量入れ、切った材料を軽く炒め、早く火が通る蒸し煮にする。水は入れないが、少しだけ入れてもいいと思う。その場合は、出汁の方がいいかも。

材料が柔らかくなったら、調味料で味付け。出汁と多めのお酢、砂糖、醤油、みりん、酒で、煮て、味を絡める。調理時間も短く、簡単だけれど、割といけた。もちろん、自己満足だけれど。健康食としては、まずまずか。

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2011年8月 1日 (月)

『播磨国風土記』を読む その九 石乃寶殿

『播磨国風土記』に大石について記した箇所がある。印南郡のところに記されており、それは、石乃寶殿と呼ばれる。今回は、それについて触れてみよう。

風土記の内容は、まず池原という池のある原っぱの南に作り石があるとされている。それは伝承では、聖徳の時代に弓削大連が造られたものということだ。大きさは、長さ二丈、幅は一丈五尺、高さも一丈五尺とあり、名付けて「大石」と云われる、とある。

記してあるのは、それだけだが、この石はパーワースポットとして注目されている。弓削大連とは、排仏派の物部守屋のこと(物部一族は、ゾロアスター教の信者とも。一般に、神社は、その流れをくむと言われる)。

石乃寶殿は日本三奇の一つである(*注1)。そういうこともあり、一応、念のため、その石がある神社に参拝してきた。それが生石(おうしこ)神社(*注2)だ。JR宝殿駅を降りて、歩いて25分くらいということだったが、一応不案内の為、タクシーを利用すると、あっという間に着いた。

少し石の道を歩いていくと、鳥居がある。くぐって石段を上がる。足元は悪く、急勾配だ。上がっていくと、途中に狭い道路に接する。そこは車が結構飛ばしていて、少し危険。左右をよく見て、渡ると、また石段だ。勾配はきついまま。ふうふう言って上がると、そこに社殿がある。

まず、そこで参拝。更に、石乃寶殿に入るには、参拝料100円。それを払って中に入ると、大きい石がお目見え。周囲をぐるっと回ってみた。正確な寸法は、幅6.5メートル、高さ5.7メートル、奥行5.46メートルだそうだ。巨石が水に浮かんでいるように見える。

神社の謂われによると、神代、大穴牟遅(おおあなむち)と少毘古那(すくなひこな)の二神が、天津神の命を受け、国土経営の為、出雲の国より、この地に来て、相図り、国土を治めるのに相応しい石の宮殿を造営しようとした。

それは一夜の内に進めていたが、工事半ばで、阿賀の神一行の反乱に遭い、その反乱を鎮めるため、工事は中断し、石は倒れたままになり、起こすことができず、そのままになったという。

しかしながら、石の宮殿は未完成とはいえ、二神は、この石に籠り、未来永劫国土を鎮めると言明。それ以後、この宮殿を、石乃寶殿、鎮の石室と称しているらしい。あらあら、途中で投げ出しですか。

実際は、排仏派の物部守屋が、疫病を鎮めるため、造りかけたが、仏教を奉ずる蘇我一族に負けて、彼が亡くなった後、中断して、そのままになったのではなかろうか。石を見ると、人間の手で加工されたとも見える箇所がある。

この地は、元々、神功皇后も行かれたという遠い昔から、石切り場。山を切り開き、石を切り出し、加工していたことは確かだろう。比較的大きく、形が整っていたので、若干、手を入れて、神事に使おうとしたのではなかろうか。だが、今となっては、事実は分からない。

更に、謂われでは、十代崇神天皇の頃(西暦97年)、日本全土に悪疫が流行し、多くの民が亡くなった時、天皇の枕元に夜、二神が現れ、「吾が霊を斎き祭らば天下太平なるべし」というお告げがある。それによって、生石神社が創建されたと云う。

なお、この神社は、天正7年(西暦1579年)に、羽柴秀吉の三木攻略の折、神吉城を落すべく、当神社を陣屋として貸せと、言ったが、当時の宮司は、神吉城主の弟の為、拒否。それが秀吉の怒りを買い、焼き払われた。梵鐘も、持ち去られ、石田光成の将、大谷刑部吉隆が、関ヶ原の戦いで、陣鐘として利用。敗戦後、徳川家康の戦利品になる。そして、美濃国赤坂の安楽寺に寄付されており、現在もあるそうだ。

色々記したが、風土記の内容は信憑性があると思う。物部守屋は、当時、疫病で苦しむ民を救済するため、祈りの対象を創造しようとしたのだろう。物部一族がどういう人々であったのか、益々関心が深くなる。

*注1 日本三奇

東北地方にある塩竃神社の塩竃(鉄)、九州にある霧島神社の天乃逆鉾(銅)、そして生石神社の石乃寶殿(石)。

*注2  生石神社(おうしこじんじゃ)

拝観後、神社の上の方に登ってみた。見晴らしがよく、周囲がはっきり見える。鳥や蝉がなく中、涼しい風が通り過ぎ、避暑にはいい。

また、この神社には、この巨石の分石とされる霊石がある。これを力いっぱい押すといいらしい。流風も押してみた。当然ながら、びくともしない。そして、触れた手を、悪い所にあてると、病が治るらしい。どこにあてたかは秘密(笑)。

    兵庫県高砂市阿弥陀町生石171

    JR宝殿駅下車、徒歩25分。  

  筆者のようにタクシー利用もいいのだが、帰りは、タクシーがつかまらず。

  歩いて帰ったが、疲れた。後で気がついたのが、貸し自転車。

  駅を降りたところに店がある。

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