« 状況判断の大切さ | トップページ | 衆議一決させるには »

2011年8月12日 (金)

壊れる西欧社会から学ぶ

イギリスが大変なことになっているようだ。若い人たちの暴動は、社会の変化の大事な要因を示している。7月22日にノルウェーで起こった連続テロと同じかもしれない。長い不況の煽りを受けて、失業率が高く、若者たちが、はけ口を求めているのかもしれない。

また、好況期に、労働力不足を補うために、安易に移民政策を進めた結果、好況期には問題が無くても、不況になると、一般国民は、仕事を彼らに奪われていると感じることも影響している。

基本的には、移民というのは、どこの国でも難しいということを示しているのかもしれない。それは更に、移民排斥、人種問題、宗教問題にまで発展する。これは何を意味するのか。

国や企業の身勝手で起こった社会事象なのだろうか。国際競争のためのコストダウンのために、安価な人件費を求めるが故に、移民の利用をやったが、彼らを便利使いした結果、その反動が来ているとも言える。人はモノではない。そこに限界がある。

すなわち、移民を受け入れる長期的社会的メリット、デメリットを十分考えず、移民政策を推し進めた結果が、このざまだ。文化が違うということは、初めから分かっておきながら、そのことに配慮せず、国民への説明・同意も曖昧に事を進めたのだろう。

これは日本だって、十分注意しなければならない。ブラジル人の雇用問題もあったし、中国人等の研修生問題もあった。まだ問題は起こっていないが、インドネシア人の看護師・介護師問題も、将来起こらないとは言えない。

また日本の若い人たちが、仕事を選び過ぎる問題もある。現業の仕事を嫌がり、一見、楽に所得が得られる仕事を選択しようとする。また親も、高学歴だったら、それに相応しい仕事・職種を望むが、雇用とのミスマッチで、職が得られない若い人も多い。それでいいのだろうか。

更に、労働の義務も忘れて、就職しない若者がいるのは問題だろう。それは親にも問題がある。いずれ、彼らが間違った大きな不満勢力とならない保証はない。すなわち、職種を選び過ぎ、賃金が安いからと言って、日本の若い人たちが仕事の選択の範囲を縮めれば、西欧社会と同じ現象が起こらないと誰が言えようか。

社会には、どの時代も必要な職業はある。学歴と仕事は必ずしも一致しないケースも覚悟すべきだろう。もちろん、国は、教育の体系を、高校から、「事務職」育成から、「専門職」育成に、大きく変更する必要がある。雇用のミスマッチは、国を危うくしかねない。壊れていく西欧社会は、他山の石とすべきだろう。

*追記 参考 拙ブログ 『移民の難しさ』でも、同様な問題を指摘した。

*2016年6月25日追記

英国が、ついに国民投票で、EUを離脱するようだ。上記の記事を記したのが2011年だから、5年経って、国民の不満が、ここまで来たかという感じだ。いつの時代も、行き過ぎた世界主義と行き過ぎた国家主義は破綻する。

一神教のキリスト教原理主義によるグローバル化の限界が露呈したとも言える。当面、世界主義の否定、見直しの動きは強くなるだろう。ただ、それが極端な国家主義に走らないように注意を払う必要がある。

|

« 状況判断の大切さ | トップページ | 衆議一決させるには »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 状況判断の大切さ | トップページ | 衆議一決させるには »