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2011年8月 6日 (土)

黄金の袋

人間、生きていくには、ある程度のお金は必要だ。だが、それだけでも生きていけない。お金だけあっても、役に立たなければ意味がない。適切に使って、必要なモノが手に入るようにしておくことは大切だ。

ただ、お金があれば、何でも手に入るというのは、大きな錯覚だ。作る人や売る人に感謝しつつ、モノに感謝し、有り難く思うことは必要だ。今、東日本では、福島原発事故の影響で、古米が売れているそうだ。新米は汚染の可能性があるからだ。

お金(経済)のために、原発を推進したことが、今、国民を苦しめている。誰が悪いとかは言うまい。国民も長く、その恩恵は受けてきた。しかしながら、ここで立ち止まり、もう一度考え直す必要がある。

経済と生活のバランスを十分吟味して、生活を犯さない仕組みを作る必要がある。国家は国民から成っている。国民が苦しむようなら、いくら黄金の入った袋を積み上げても、誰も幸せにはなれない。国や国民にとって、何が重要なのか、考える時期に来ている。

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