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2011年9月12日 (月)

『酒井抱一と江戸琳派の全貌』展を鑑賞

以前、拙ブログで、少し紹介した『酒井抱一と江戸琳派の全貌』展が、姫路市立美術館で始まっている。酒井抱一生誕250年を記念しての催しだ。総数約270点を三期に分けて展示する。第一期は9月11日で、すでに終了しており、9月13日から第二期に入り、9月19日まで展示、第三期は9月21日から10月2日まで展示される。

先日、第一期を鑑賞してきた。早く行ったので、特製「抱一生菓子」を頂けた。ラッキー。毎日先着150名に提供されるらしい。美術館にしては粋な計らいである。そういうこともあってか、この美術館にしては、長い列がてきて大変多い観客(笑)。皆さん、饅頭目当てかな(笑)。

さて、彼は徳川家の重臣、酒井雅楽頭(うたのかみ)家に、兄で姫路城城主になる酒井忠以(ただざね)の弟として、宝暦11年(1761年)に生まれた。彼は文化を嗜む酒井家の家風の影響を受け、早くから、狂歌、浮世絵などに親しむ。

そして、どういうわけか、37歳に出家して、酒井家から離れ自由な身に。多分、兄が藩政改革の心労から10年くらい前に急逝し、その空しさを感じ続けていたからかもしれない(*注1)。

その頃から、琳派に傾倒し、やがて、それに新しい解釈を加えて、江戸琳派なるものを確立していく。花鳥画を中心としながらも、民間に強く影響受けたため、風俗画、仏画、吉祥画にも、手を染めていく。

彼の芸術は、本物で、殿様の余技では決してないところから、芸術の分野では高く評価されている。兄が政治で忙しく、多忙のため、あまり芸術の分野に踏み込めなかったのに対して、弟の抱一は、その気楽さから、本当の芸術家になっていく(*注2)。

そもそも、彼が琳派を継ごうと決心するのは、谷文晁に、それを薦められたからと云う。迷いのある時、他人のアドバイスが、ちょうど心の中に染み入った感じだ。これで、やるべきことに目覚め、琳派の新しい取り組みに踏み出し、江戸琳派を形成する。

でも、苦労人ではないため、その描く絵は、すっきりしていて素直。これが、また多くの人々に支持される要因らしい。本人は、色々苦悶の日々があったのかもしれないが、やりたいことをやって、幸せな人だ。

*注1

忠以が姫路藩城主の頃、天明の大飢饉が起こり、藩内も大打撃を受ける。それがため、藩政改革に取り組もうとするが、既得権を主張して反対する者が多く、改革はままならない。そういうこともあり、忠以は十分、芸術の分野に関心があったが、時間が取れなかった。

抱一は、兄の後を受けて、姫路城城主になることも考えられたが、その苦労を知っていたので、敬遠し、芸術の道を歩むため、方便として出家したとも考えられる。見方によっては、逃げ込んだとも言える。

*注2

彼は、酒井家より千石五十人扶持を得ていた。だから道楽できるわけ。吉原で、彼の流儀で遊びまくっている。そして、遊女を身請け。後、彼女も、抱一に影響されて、それなりの絵を描き、詩文も嗜むようになったらしい。彼女の才能を見抜き、身近な同士が欲しくなり、身請けしたとも考えられる。

*参考

作品内容については、触れず仕舞いだが、基本的に琳派の流れである。それを彼が、どのように解釈したかが見もの。流風には詳しいことはわからない。次のようなテレビ解説があるようだから、参考にしてみようとは思う。

9月18日日曜日午前9時から9時45分まで、NHK Eテレ 日曜美術館にて、「酒井抱一 ~江戸によみがえる琳派~」として、紹介される。

*追記

姫路市立美術館 http://www.city.himeji.lg.jp/art/kikaku/index.html

なお、図録は、地方の美術館の催しにしては、立派。力が入っていることが、よくわかる。美術館に行けない方は、図録だけでも楽しめるだろう。図録は、直接、美術館に申し込めば、発送してくれる。

*平成23年10月1日追記

姫路での展覧会は、明日10月2日でいよいよ終わる。見逃した人は、次の会場でどうぞ。

  千葉市立美術館 平成23年10月10日より11月13日まで。

  細見美術館    平成24年4月10日より5月13日まで。

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