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2011年9月 9日 (金)

秋の古今集の和歌

       秋きぬと 目にはさやかに 見えねども

      風の音にぞ おどろかねぬる

      (藤原敏行朝臣、古今集巻第4)

朝夕が、ぐっと涼しくなって、半袖では寒いくらいだ。そろそろ秋の出番だ。蝉の声に代わって虫の音がにぎやかだ。ちょうど、今は、藤原敏行朝臣の和歌は、誰もが知っているが、ちょうど似つかわしい。彼は、歌人として、なかなかのセンスだ。日本人の秋の感性をうまく詠み込んでいる、いい歌だ。

そして、秋の月を見上げると、次のような気持にもなる。

   月みれば ちぢに物こそ 悲しけれ

      わが身ひとつの 秋にはあらねど

       (大江千里、古今集巻第四、百人一首第23番)

本日9月9日は重陽の節句。そして幾日か過ぎると中秋の名月だ(今年2011年は9月12日)。秋の月は、どこか寂しい。風が冷たくなるからだろうか。夜の闇が深くなるからだろうか。光と影。日本人の心に微妙に影響する。

大江千里の歌も、そのような状況で詠まれたのだろうか。大江千里(おおえせんり)という歌手もいたが、同姓同名だが、彼とどういう関係があるかは知りません(笑)。最近の若い人は知らないだろうな。こちらの本家は、「おおえのちさと」と読む。

大江千里は、行平や業平の甥(甥の子という説もある)で、漢学者になるが、彼は儒官として博覧強記だったらしい。歌は本来、専門ではなかったが、天皇の詔により、止む無く、古い中国の漢詩をもじって作歌したらしい。つまり訳して、翻案して新しいものに練り直した。いわゆる、翻訳のはしりだ。

そして、この歌で、秋は悲しいものであり、それは月を見ることによって更により強く思われると初めて文学上、指摘されたと云われる。本日は、重陽の節句、進みゆく秋を感じながら、菊を浮かべて、酒を嗜みますか。数日後の中秋には、団子を作って、名月を拝むとしますか。

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