« 『播磨国風土記』を読む その十 於奚と袁奚の物語 | トップページ | 一生懸命ということ »

2011年9月21日 (水)

『播磨国風土記』を読む その十一 根日女のこと

女性を巡る男女の三角関係は、揉めるもとだが、ライバルがいると、余計に燃えるのも事実である。そして、結果的に女性を勝ち取っても、幸せになるとも限らない。ライバルに取られるを恐れて、燃え上がったに過ぎない。

その結果、勝ち取った方は、獲得した女性が、それほどでなく、期待外れということなりがちだ。女性の方も、こんなはずじゃなかったと思い、別の男の方が良かったのではと後悔するのは、よくあることだ。

さて、『播磨国風土記』に出てくる根日女は、どうだったのだろう。彼女は針間鴫国造・許麻の娘である。於奚(おけ)と袁奚(をけ)が、大和に帰還する前に、志染(しじみ)に宮を建て、そこに、しばらく住まいする。

ちょうど、その頃に、根日女に出会う。すぐに二人ともぞっこん。そして、二人で小楯を仲立ちに求婚。根日女にすれば、どらか一方と思っていたので、大変困惑。どちらかに決めてと承諾。ところが、二人の王子がお互い譲り合うものだから、いつまで経っても結論がでない。

そうこうするうちに、二人の皇子は、大和に呼び戻され、帰ることはなかった。時は長い年月が流れ、根日女も歳を重ね、遂に亡くなる。二人は大変悲しみ、使者に朝日夕陽の隠れない所に墓を作り、玉で飾れと指示する。そこで、この墓は「玉丘」と呼ばれ、その村は「玉野」と呼ばれるようになる(*注)。優柔不断な皇子たちに振り回された女性の悲劇だ。

根日女は、どうすればよかったのだろう。当時、選択権は女性にない。となれば、優柔不断な、この兄弟が、彼女を不幸にしたのだろう。現代は、女性にも選択権はある。彼女らは、このような場合、どのような判断を下すのだろう。そして、男たちは、どのように対応するのだろう。

*注

玉丘古墳が、兵庫県加西市にある。夕方には、志染の洞窟方向に影が伸びるそうである。

*追記

かつて聞いたところでは、ある人に聞くと、「男女関係は一時の迷い」だと。別のある人によると、「迷ったら止めておく」という。やはり男女関係は、その時の勢いですかね(笑)。ただ、何らかの不思議な縁が結びつけるのは確かなようだ。なるようになるということ。

|

« 『播磨国風土記』を読む その十 於奚と袁奚の物語 | トップページ | 一生懸命ということ »

姫路と播磨」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 『播磨国風土記』を読む その十 於奚と袁奚の物語 | トップページ | 一生懸命ということ »