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2011年9月14日 (水)

復興増税は相互扶助

復興債発行に伴う復興増税について、いろいろ議論されているが、増税は仕方ないことだろう。復興には金がかかるし、国にはお金が無い。特別会計等の見直しで、お金を抽出することもないではないが、法の改正等、時間がかかる。

でも、早くしないと、ずるずると被災地の人々が苦労が長引く。議論ばかりしていても、前に進まない。結果的に、被災地の困難は、いつまでも解消されないことになる。いろいろ議論はあろうが、今回は、増税で凌ぐしかないだろう。

本当を言えば、震災後、すぐに増税を決めていれば、何も問題はなかった。あの時は、皆、支援しようと思っていたし、増税も当然と思っただろう。だが日が経つにつれて、我が生活のことを考えてしまう人も増えてくる。それで、議員の中には選挙を意識して、増税反対論が出てくる。

そういう時に出てくる理屈は、デフレから脱却して、成長に伴って税収は増えるのだから、増税は不要と云う意見だ。でも、こういう議論は、延々と十年近くしてきた。それで、デフレから果たして脱却したか。成長というのは、最早、幻想でしかない。

世界の経済構造が変わった今、いくらデフレ脱却と言っても、空しい議論だろう。もちろん、ミクロで見れば、成長する産業分野も出てくる。だが、全体として見れば、逆ピラミッドの人口構成で、高齢社会は、ますます進む。

どんなに頑張っても、国内経済は、せいぜいゼロサムか、マイナス成長になってしまう。それを海外市場で賄うとしても、欧米市場の縮小は避けられず、途上国も、多かれ少なかれ影響を受ける。となれば海外余剰も限界がある。

そういうなかで、大震災が起こったのだから、増税は、ある意味、国内で相互扶助の意味を持つ。それに大震災は、今回で終わったわけではない。今後も、連続して、起こる可能性がある。となれば、今回の復興にかかる費用は先延ばしにできないはずだ。できるだけ早く処理した方がいい。

先に起こった災害には、早く処理して、次に備える必要があるのだ。よって、復興増税はやむを得ない。問題があるとすれば、むしろ、復興予算の中身のチェックだろう。大体こういうものは、昔から震災太りと言われるように、過大に計上されがちだ。

増税に反対する人々は、むしろ復興予算の中身を吟味することにエネルギー投じるべきだろう。そうすれば、税負担額が多少減額されるかもしれない。それでも、何回も言うようだが、復興増税はやむを得ない。

それも期間も短く5年程度で賄うべきだろう。短ければ短いほどいい。各世帯の事情は様々だが、決して負担できない数字にはならないだろう。それに、逆に、いつ国から支援を頂く立場にならないとも言えない。お互い様だ。

*平成23年10月25日追記

民主党首脳は、復興債の償却年限を10年としていたものを、公明党の主張に配慮して15年とする可能性に言及している。しかし、これは問題だろう。このような災害に伴う債券は、早期に償却する必要がある。10年でも長いくらいだ。この間に、同じような災害が起こって、さらに増税するとなれば、国民の負担感は大きくなる。公明党の主張のような目先しか見ていない考え方に惑わされてはいけないだろう。

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