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2011年10月24日 (月)

上からか、下からか

昔、母の世代の人たちが、時々、「嫁は、上からがいいか、下からがいいか」と喧々諤々とやって盛り上がっていた。上とか下というのは、家格の差のこと。当時は、今と違って、士農工商の身分意識とまでは行かなくても、家の格の考え方は戦後も残っていたようだ。

だから、金持ちでも、代々続く金持ちと成り上りの金持ちは、明確に区別したし、農家でも、戦前の庄屋クラスの大地主は、戦後の農地解放後、逼塞して、小作の方が強くなったのに、意識は、あまり変わらなかった人々もいるとのことであった。

普通、この上からか、下からか話題は、見合いでの金持ち同士の子息の結婚の場合、話題になる。本来、他人の息子さんの結婚問題についてだから、庶民には、あまり関係ないはずだ。関係ないことだけれど、女性は噂好き(笑)。色々詮索して、話題にして、お金持ちや逼塞した元金持ちの不幸を探し出して、留飲が下がる。まあ、そんなところだろう。

ところが、最初は、いろんな噂話で楽しんでいても、最終的には、自らの嫁姑の問題に転化させる。嫁に悩む姑同士の話になってしまう。つまるところ、結局、嫁をどのような所からもらうかという議論に終着する。

舅の場合は、嫁は異性であり、あまり、そういうことにあまり構わない人が多いとは思うが、姑にすれば、嫁は自らの文化の継承者として、それを素直に受け入れてくれる女性が望ましいと考えるようだ。そう考えると、同じような生活をしていた家庭から嫁を貰った方がうまくいくのではと考えるのが普通だろう。

ところが、女性は、どうも体裁を構い、嫁との立ち位置を考える傾向が強い。それが、「上からもらうか、下からもらうか」論議を引き起こす。体裁の発想では、「上から」もらうことを望むようだが、そんなことをすれば、自分の立ち位置に問題が生じる可能性もある。

それに相手が金持ちであれば、親類付き合いに何かと金がかかって仕方ないから、あまりよくないとも思うだろう。逆に「下から」貰っても、相手方に借金など抱えていれば、色々問題を起こす可能性もあり、嫁姑関係が難しいと云われる。

現代では、恋愛結婚が多いから、あまりそういうことに構わない傾向があるが、嫁姑のことは分からない。ただ家格などには、あまり拘らない方がいいだろう。残念ながら、どのような嫁を貰っても、いつまでも、嫁姑問題はなくならないのだろう。今は、大体、姑が辛抱して、嫁の方が強いようだが(笑)。

*参考

同様な議論に、西鶴 『万の文反古』巻二、「縁付まえの娘自慢」がある。この話は、上記の話とは逆に、娘を持つ親の立場で、婿をどう選ぶかを親戚の人が忠告する形になっている。

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