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2011年11月24日 (木)

分を知るということ

今は、一応、平等社会で、「分を知る」と言っても、なかなか通用しないようになっている。それでも、「分相応」という言葉は時々使われている。「分」とは「身分」のことだ。江戸時代の身分社会では、それぞれの身分で、己の分を守ることは常識と考えられた。

だから、戦国時代のような下剋上もない、競争のない社会と言えよう。そういった社会では、分さえ守っていれば安全だ。分は、士農工商だけにとどまらない。商家では、主人と従業員は、きちんと身分として区分されていた。よって、主人の娘と従業員の恋愛は御法度。これを犯せば、「お夏・清十郎」のような事件に発展する。

また商家の旦那は妾を囲うことはよくあったが、本妻の扱いは明らかに違い、妾も、その分を守ることが、よしとされた。盆、正月には、妾は本妻に挨拶に行き、十分な土産とお小遣いが渡された。格がきちんと認識されていた。最近のように、愛人が威張るようなことはなく、妾は一歩引いていた。よって、「日蔭者」と自ら卑下していた。

そのような社会に、別に戻せとは言わない。ただ、もう少し落ち着いた社会を望むなら、それぞれの分野で頑張り、それをお互いに評価する必要がある。現代のように、自由競争が横行すると、やたら騒がしく、落ち着かなくて、ぎすぎすした社会になりがちだ。

身分社会がいいとは言わないけれど、現代的に、「分」をもう一度、考える時代に来ているのではないだろうか。義務を放棄して、責任を押し付け合うのではなく、それぞれの自分の持ち場を大切に生きることは意味がある。

そのためには、高い地位にいる人や、責任者は、リーダーとして、それに相応しい考え方を持ち、行動を起こし、人々を正しく導かねばならない。それは国際社会でも同様だろう(*注)。

*注

但し、「分を知る」(ここでは、道理を知ると意味での「分を弁える」という言葉と若干ニュアンスを異にして、一応分けている)が行き過ぎると、社会は停滞する。特に駄目なリーダーだと、社会が不安定になる。良くも悪くも、リーダーによって、大きく影響を受ける。バランスは必要だ。

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