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2011年11月 8日 (火)

平清盛と神戸 その一

ここ十年近く、大河ドラマは視聴していない。大河ドラマは、時代劇ではないと思うのだが、どうも視聴率を意識し過ぎて、あまりにも現代的に、面白く、茶化し過ぎて、歴史ドラマを逸脱しているように感じるからだ。それでも、未だに、その影響力は大きいようだ。

2012年のNHK大河ドラマは、『平清盛』だそうだ。以前、大河ドラマで『義経』があったが、これは源氏サイドの見方。今回は、平家サイドの見方になるのだろう。そういうわけで、神戸市とか兵庫県が、その関連の売り込みに懸命になっている。

そういう流れを後押しと言うか、便乗して(笑)、清盛を中心に平家の神戸を中心とした活動の概略を記すとしよう。なお、当時、神戸の大半は、播磨国に含まれていた。ブログに記すのは、そういう意味もある。

平清盛は、父、忠盛と共に、四国、九州の海賊等退治をする。実際は、ほとんど忠盛が仕切り、清盛も父の働きには感心仕切りのようだったと云う。相手は、海賊、川賊、盗賊ばかりだから、気性の荒い人間ばかりだからだ。

忠盛は、その海賊等の退治活動が評価されて、念願の播磨守になっている。この豊かな播磨の地の長官になれたことは、その後の平家の興隆に寄与している。経済力は、いつの時代も権力基盤になるのだ。

そして、清盛も、次々と出世していく。18歳の時に、従四位下に叙せられる。保延三年には、肥後守に、久安二年には、安芸守になり、その後、播磨守から太宰大弐になり、更に備前の国司になっている。

こうして見ていくと、彼は播磨、中四国、九州での経験が、彼の、その後の活動の原点になっている。それも、海賊、川賊退治絡みで、海や川と面する地域が多い。また清盛の父、忠盛が、大宰府大弐として九州にいたため、貿易の利益が大きいことを知っていた。多分、このような観点で情報を入手し、多くの人脈を築いたのだろう。

次回に続く。

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