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2011年11月 6日 (日)

仙人の気まぐれ~謡曲『一角仙人』

大体、権力者や権威のある人達の気まぐれは、庶民に迷惑することが多い。今回は、そういうことを皮肉った作品ではなかろうかと思わせる謡曲『一角仙人』を取り上げよう。元々、インド古代神話をベースにした話だという。庶民を困らせた仙人が、王が派遣した色女に騙され、堕落して、その神通力を失う話だ。

歌舞伎には、この話を元にしたものに、『雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら)』という演目の中に「鳴神」がある。ただ歌舞伎では、仙人ではなく、上人としている。当時の堕落した高僧を皮肉ったという。宗教者が堕落するのは、どの時代でも、どの国でもある。

さて、その謡曲『一角仙人』の話を、いつものように、おちょくりながら(笑)、記していこう。

一、インドのハラナス国に、一人の仙人がいた。彼は、鹿から生まれたため、生まれつき額に一本の角があった。それで、世間の人は、皆、彼のことを「一角仙人」と呼んでいた。

それにしても、分かりやすい、あだ名だ。でも、仙人にしても、鹿から生まれることはないだろうから、この仙人は、生まれつき、額に瘤があったのだろう。ちなみに、ハラナス国とは、現在のインドのベナレスらしい。

二、仙人は、ちょっとしたことから、龍神たちと争うことになる。彼は龍神たちに勝ち、龍神たちを岩屋に閉じ込めてしまう。

仙人というのは、必ずしも悟った人ではないようだ。つまらないことで言い争うのは、一般庶民と同じ。だが、それなりに地位のある人が、騒動を起こすと、とばっちりは庶民が受ける。迷惑なことだ。後先を見ず、龍神たちを閉じ込めてしまう。嫌な予感。

三、そうすると、雨を司る龍神たちが岩屋に閉じ込められてしまった結果、全く雨が降らなくなってしまった。それも三カ月も続き、農作物が生産できない状態が続き、ハラナス王は憂慮する。

龍神は、水との関係が強い。日本人は、かつて農業国家であったので、水を、とても大事にしたし、それを、もたらす天に感謝した。もちろん、多すぎる水は度々、洪水を引き起こすが、土を豊かにもしてくれる。その神を仙人が閉じ込めたものだから、干ばつに襲われ、農民たちは苦しむ。

四、そこで、大臣たちが対策を練って、美人の誉れ高い、旋陀夫人(せんだぶにん*注)を遣わして、仙人を迷わせることにした。それは、仙人が夫人に心を通じれば、神通力がなくなるという期待をしたからだった。

旋陀夫人は、かなりの美女で男たらしだったようだ。要するに愛のテクニシャン。王もメロメロで寵愛したらしい。流風が思うに、果たして、王が彼女を遣わしたりするだろうか。ちょっと創作に無理がある。

考えられるのは、王が、あまりにも、旋陀夫人を寵愛して、政治のことを疎かになるので、大臣たちが画策したと考えれば納得がいく。であれば、いい所に目を付けたものだ。どんな堅物も、美女の色気と酒にはいちころだ。危ない、危ない。仙人は、罠に嵌ってしまうのだろうか。

五、仙人の住んでいるところは、山深く、紅葉の下、身に沁みるほど寒い。仙人が、どこにいるかははっきり分からない。何日も、そんな日が続く。

王の臣と旋陀夫人と侍女たちは、凍えるような山に登っていく。彼がどこにいるか分からない、当てのない旅。こういう旅は辛いよね。でも、王の命令と、農民たちを救うためには、仕方ない。それに穀物が出来なかったら、国としても大変。

六、諦めかけた頃、木の枝で作られた粗末な庵を見つける。そして、姿かたちの見えぬ住人に問いかけると、仙人は、「こんな所には誰も来ないのに、そなたたちは何をしに来たのか」と訝る。

大体、人生、とことんやって、もう駄目だと思った時に、もう一歩踏み出した時に、明りが見えてくるもの。ただ、まだ、この時点では、仙人の住まいとは確認できず。ただ、どこからか、声だけ聞こえてくる。予感というものは、そういうものかもしれない。

七、仙人の問いかけに対して、彼女たちは、誤魔化し、「単に迷っただけですよ。日も暮れれかかっているので、是非一泊させてくれ」と頼み込む。仙人は、一旦は断るが、彼女が是非姿を見たいと懇願する。

理由を聞かれた時、これは仙人の声と判断したのだろう。そして、姿を表すように懇願したのは正解。姿なければ、彼を迷わすこともなかなか難しい。そして、次のように現れる。

    柴の樞(とぼそ)を推し開き、柴の樞を推し開き。

    立ち出づるその姿。

    緑の髪も生ひ上る牡鹿の角乃。

    束の間も仙人を。

    今見る事ぞ不思議なる

八、姿を表した仙人に対して、本人かどうか念の為、確認すると、そうだと応える。そして、美人の彼女たちに、若干、疑いを感じながらも強い関心を示す。もちろん、彼女たちは、本当のことを言わず、単に迷っただけと通す。そして、酒を薦める。

後は、旋陀夫人の本領発揮。手練手管で、仙人を落そうとする。ああ、仙人、危うし。据え膳、食わぬは男の恥とは言うけれど、そこには、罠が仕掛けられている。あるいは、取引の手段に使われる。

九、最初、仙人は、飲酒は必要ないと強弁していたが、夫人が是非にと薦めると、ぶつぶつ言いながら、杯を受け取る。そして、いい気分になり、遂に夫人に籠絡され、初めて彼女と関係を持つ。

大体、仙人の神通力は、女性と関係を持った時点で失われるとは、よく言われたものだ。特に権威とか地位の高い人に当てはまる。男というものは、よっぽどしっかりしないと堕落してしまう。仙人さえも、ただの男ということになる。考えさせられますねえ(笑)。

十、仙人は、飲めや歌えと舞い踊り、夫人と関係が続くうち、酔いつぶれ、夫人の情に、ほだされ心を移してしまう。夫人は、しめしめと、これで王との約束も果たせたと、山を下り、帝都に帰る。

ついに仙人は魂までも奪い取られ、夫人は安心して山を下りる。まあ、当然の結果。男の弱みは、飲む、打つ、買うというのは、いつの時代も変わらぬようで。特に女の誘惑には弱い。

十一、仙人が酔いつぶれている内に、龍神を閉じ込めていた岩屋に隙間ができ、龍神の鳴く音が微かになるようになっていた。夫人と関係を持ったがために、神通力が効かなくなったのだった。

仙人は、初めて、自分の犯した罪が分かっただろう。でも、最初に、意味のない争いを龍神と起こしたことが問題。全ての原因は自分にあるということか。

十二、その内に、嵐が吹き荒れ、岩屋が揺れ、磐石が崩れ落ち、龍神が現れ、大騒ぎして、立ち向かおうとするが、龍神に打ち倒されてしまう。

こうなると、仙人も哀れと言うしかない。すでに神通力はなく、最早、戦う力も失せている。哀れな一角仙人。

十三、龍神たちは、喜んで、神鳴稲妻が天地に満ちて大雨を降らし、洪水を起こし、竜宮に帰っていく。

このようにして、雨が久しぶりに、もたらされ、農民は喜び、国家は安康となったのだった。おしまし、おしまい。

男には、外に出ると、七人の敵がいると云われるが、仙人にしては、若干脇が甘い。そもそも、最初に龍神たちと、気まぐれで騒動を起こしたことが神通力を失う破目になった。それがなければ、美人に見とれ、酒を薦められ、関係を持つこともなく、耽溺することもないから、自分を見失うこともなかった。

確かに、とても人間的な仙人。周囲を見回せば、そういう人はいるかもしれない。案外、自分だったりして(笑)。でも嫌いじゃないよ。お陰で、庶民は色々振り回されながらも、結果的に助かった。現代でも、色々騒動を起こしながら、ばだばたして、まとまることがあるのでは。見方によっては、雨降って地固まるとも言えないこともない。でも、偉い人の気まぐれは、なぜ起こるのだろう。

*注

旋陀夫人について、インドの原典で伝えられていることは、旋陀夫人とは旋陀王の夫人という意味で、名前は不明。彼女は絶世の美女であったため、王は彼女だけを寵愛し、他の女性に妬まれる。ある女が、王に讒訴し、旋陀夫人は身籠っていたが、王に怒りを買って埋められてしまう。それでも、夫人は、子供を産み、乳を与えたという。

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