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2011年11月16日 (水)

平清盛と神戸 その六 兵庫津辺り(三)

前回に続き、兵庫津辺りの観光名所。

●能福寺

この寺は、高さ11メートルの兵庫大仏で有名な所だ。清盛は出家するが、彼が剃髪入道したのが、この寺とされる。1180年の遷都計画の折には、平家一門の祈願寺に定められて、大伽藍が創建された。

この寺の初代住職、円実法眼は、養和元年(1181年)、清盛が亡くなると、その遺言により、清盛の遺骨を首にかけて、京都から、この地に持ち帰り、法華堂に納めたと云う。そういうわけで、彼の遺骨が納められているとも云われるが、まだ確認はされていない。境内には、清盛を弔った平相国廟がある。

北逆瀬川町。地下鉄海岸線 中央市場前駅から北。

●平経俊塚 鎮守稲荷神社

経俊の塚がある。彼は平清盛の弟、経盛の子で、敦盛の兄で、経正の弟にあたる。彼は一の谷の決戦で、知盛指揮の下、源氏と対戦するが戦果なく、やがて敵陣に追い迫られ、敵陣に突入し、奮戦するが、源範頼の郎党、名和太郎と組み打ちし、討ち取られ戦死する。若干18歳だった。

兵庫区西出町。JR神戸駅から国道2号線を西に10分ほど歩く。

●清盛塚・琵琶塚

西に行くと、清盛塚がある。兵庫運河にかかる清盛橋の袂にある。総高8.5mの十三重の石塔だ。石塔には清盛の遺骨が納められているとされたが、1923年の調査ては、墳墓でないことが判明している。だが、弘安九年(1286年)の銘を持つ整った塔であるため、県の指定文化財になっている。また、この塚で、平家一門追善大法会が行われている。

また琵琶塚の碑もある。これは、平経正の塚と呼ばれる。彼は琵琶の名手で、あの敦盛の兄だ。ただ。元々は、この場所に、前方後円式の古墳があったようで、「琵琶塚」と呼ばれていたのを、後の人が、無理やり、こじつけたようだ。

琵琶塚の横には、清盛像が立っている。これは1968年に設置され、柳原義達氏のよる作品。

切戸町。JR兵庫駅から南東へ約10分

次回に続く。

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