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2011年12月 2日 (金)

平清盛と神戸 その十二 その他の地区の観光スポット

最後に、平家関係の、その他の地区(神戸市以外含む)を紹介しておこう。

●布引の滝

清盛の滝見見物の折、同行の難波経房が源義平の霊に報復され、雷に打たれたという話がある。

神戸市中央区。新神戸駅からロープウェイか歩く。

●腕塚神社

平清盛の弟、文武共に優れていた忠度(ただのり)は、一の谷合戦に敗れ、落ちのびいていたところ、源氏の武士、岡部六弥太忠澄と組み合いとなり、忠度が、岡部六弥太忠澄の首を切り落とそうとした時、彼の家臣が駆けつけ、腕を切り落される。最早、これまでと思った忠度は念仏を唱え、討取られる。その塚が残る。彼は風雅の人で、藤原俊成に師事した。

  さざなみや 志賀の都は あれにしを

   昔ながらの 山桜かな

なお、彼の腕塚胴塚は、地下鉄海岸線、駒ヶ林駅近くに、別々にある。

明石市天文町。山陽電車 人丸前駅すぐ。

●平知章の碑

壇ノ浦の海に沈んだ平家の総大将の知盛の息子、知章の碑がある。彼は、一の谷の合戦で、父を救ったという。妙泉寺に墓がある。

長田区北町。高速長田駅から徒歩約3分

●満福寺

清盛の創建といい伝えられる。塀が亀甲形の石で築かれている。

長田区。市バス「本庄町」下車、東へ3分。

●監物太郎の碑

平知盛の家臣である監物太郎が知盛の嫡男、知章を救おうとして、討ち死にしたのを偲び、地元の人によって祀られている。

高速長田駅から徒歩約3分

●石水寺

京都南禅寺の末寺。一の谷の合戦の時、この周辺でも、戦いが繰り広げられ、名谷(みょうだに)には、戦死者を弔う石碑が500基以上あるらしい。この寺内には、清盛の孫の師盛を弔った塚がある。見学は随時、現地で申し込み。

地下鉄名谷駅下車、山陽バス乗り換え。奥畑下車、徒歩約5分。

●丹生(にう)神社

清盛が福原遷都した時、ここを比叡山になぞらえて、日吉山王(ひえさんのう)権現を祀って、山荘から、烏原川沿いに、山に登って、神社に月参りしたと伝えられる。明治以前は、日吉神社と呼ばれていた。

北区。神戸電鉄有馬線箕谷下車。衝原行きのバスに乗って丹生神社前下車。丹生山(たんしょうざん)の登山口にある鳥居をくぐって、しばらく行くと宝物殿がある。そこには、清盛が寄進した「当山景画大幅」がある。予約すると観覧できるそうだ。

神社は山の頂にあるので、ここから約1時間程度かかる。それなりの覚悟をして、行く必要がある。

●太山寺

平家一門が納めたという法華経など全32巻が伝わる。国の重要文化財に指定されている。

西区伊川谷町。地下鉄西神・山手線学園都市前下車、徒歩約25分。

●善楽寺戒光院

大化年間に創建されたものだが、消失したため、清盛が再興した。明石市で一番古い寺といわれる。清盛の死後、清盛の供養塔が立つ。清盛の甥の忠快法師が建立したもの。高さ3.36m。

兵庫県明石市。明石駅より神姫バス大観橋下車、徒歩5分ほど。

●長楽寺

高倉天皇が皇子誕生を祝い、清盛に命じて、一体地蔵尊を安置させた。それが当寺の本尊である延命子安地蔵尊である。

兵庫県加古川市。JR宝殿駅より神姫バス西牧行き、長楽園下車徒歩20分。

*追記

以上、平家、主として平清盛と係わりのある地を、流風なりに選定して記してきた。ただし、もっと詳しいことは、ネットで『神戸源平物語』を参考にしてください。

  『神戸源平物語』  http://feel-kobe.jp/genpei/shiseki02.html

今回で、一応、「平清盛と神戸」の記事は終了します。後日、また気づいたら、追加の記事を書き込みます。

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