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2011年12月16日 (金)

池田輝政と督姫 その四

池田輝政と督姫の結婚を、現代で例えたら、どのようになるのだろう。老舗の中小企業の、お坊ちゃんだが、大きな失敗があったものの、番頭の御蔭で、本人の努力もあり、何とか事業を持ちこたえ、大企業に発展させた苦労人の社長と、財閥令嬢の結婚ということになるのだろうか。

そういった婚姻で、督姫は、親が家康ということで、気位高く生きていたことは想像できる。世間知らずの、お嬢さんによくあることだ。また周囲も、そのように仕向ける。彼女に仕えていた古手の召使は、ある時、この夫婦の前で、「ご当家が今あるのは、督姫様が、興し入れされたためです」と言った。これには、さすがに無礼極まりないと輝政は抵抗したようだが、彼は実際は、そのようであるとは認識していた。

しかし、督姫のいないところで、老女に「督姫の前で、あんなことは言ってくれるな。ますます、つけあがって、夫婦仲が難しくなるではないか」と言っている。男の面子を潰すような老女の発言には反発したわけだ。わかるわかる(笑)。

但し、輝政も、自分の意見を通したことがある。彼には前妻の間に、長男の利隆がいる。そして、督姫の間には、忠継がいた。督姫は、自分の子供を姫路城主の後継にしたかったが、それは叶わなかった。もちろん、これは輝政だけでも押し通すことができなかったのだが。

実は、督姫は自分の兄、すなわち秀忠にも、その意を伝えている。しかしながら、徳川家は、家康の意向で、長子相続を決めている。平和な時代には、それが望ましいとした。それは三代将軍家光を決める時も、最終的に、そのように判断している。

というわけで、秀忠にも、忠継を後継に推すことは断られる。そこで、とった彼女の行動が、女の浅はかさというべきものだ。いわゆる「毒饅頭事件」だ。すでに、輝政は亡くなり、利隆が姫路城主になり、忠継は岡山城主になっている。彼女も、そこに一緒に付いて行っている。

そこに、利隆が、ご機嫌伺いに行ったところ、ここをチャンスと見て、彼を亡き者にしようとする。手段は毒饅頭だ。ところが、居合わせた侍女が、手文字で利隆に知らせ、忠継も、母親が兄を毒殺しようとしていることを知って、咄嗟に、その饅頭を頬張る。督姫は、それを奪い取って口に入れるというような修羅場。結果的に、忠継も督姫も、亡くなる。

督姫の自分の産んだ子供に対する愛情は分るが、人間としての教養に欠けていたことは明らかだ。でも、その気持ちは分るという女性は多い。その辺は実際に腹を痛めて子供を産む女性と、客観的に判断する男の差かもしれない。

この夫婦が幸せであったかと言うと、輝政は、あまり楽しくない家庭生活のため、仕事に没頭して、その憂さを晴らし、督姫の方は、あまり自らの才覚で夫を盛りたてることもなく、単に家康の娘だということで、無駄な一生を過ごしたのかもしれない。お金持ちの家に生まれるというのも、大変です。やはり平平凡凡でも、暖かい家庭が一番ですなあ。まあ、彼らのお陰で、現在の姫路があるわけだけれど。

終わり。

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