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2011年12月11日 (日)

大学教授という名称

昔は、末は博士か大臣かと、子供に期待したものだ。それほどに、博士とか大臣は、一廉の人物と見られた。ところが、戦後は、大臣にしても資質に問題がある人物でも、大臣になっている。最近も、人間としても深みが足りないと思うことはしばしばだ。それは多くの失言がそれを物語っている。

大学の教授にしても、研究心があり、時代の先を行く、頭のいい人を想像するが最近はそうでもないらしい。論文を一本も書いてなくても、教授になれるらしい。一体、大学の教授の資格は、どのようになっているのだろう。研究心もない人でも、その地位が得られるということだろうか。大変おかしなことだ。

よくわからないけれど、大学の粗製乱造の結果、教授職もそのようなのだろう。私たちは、その名前に惑わされてはいけない。彼らの実績を確認して、より分けて人物を見る必要がありそうだ。彼らをリストラすることに躊躇してはいけないだろう。

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