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2012年1月31日 (火)

頭のいい人とは

頭のいい人とは、どんな人を指すのだろうか。例えば、次のように挙げられるかもしれない。

  一、たくさんの知識がある人

  二、理解が速いこと

  三、得た知識を活用して知恵にする人

  四、記憶力のいい人

  五、物事の本質を即座に悟る、等々

まだ他にあるかもしれない。これらを以て、自分はエリートと勘違いする人も多い(特に学卒エリート)。ただ言えることは、世の中は、頭のいい人たちだけでは回らないということを押さえておく必要がある。所詮、頭のいい人も、全体の部分に過ぎないことを知るべきだろう。

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2012年1月30日 (月)

東京電力は、最早、整理解体するしかない

東京電力は、最早、整理するしか道はないようだ。過去の経営数字に基づく電気料金の算出により値上げをしようとしている。彼らは、原発で事故を起こし、全国民に迷惑をかけた反省が全くない。安易な値上げを許すことは、決して許されるべきことではない。

冷静に考えても、日本の電力需要は今後、低迷するだろうから、既存の電力会社の存在価値は薄れる。今後は、価格競争に突入するだろう。それを見越して、早く、東京電力を整理解体し、発電・送電の分離をやるしかない。

政府は賠償問題で、整理解体をできないと言い訳するべきではない。日本航空の例もあるように、早く整理解体して、新しい事業会社にして、経営者を総入れ替えして、再スタートさせることが日本のためでもある。そして、そうすることが被災者のためにもなるはずだ。

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2012年1月29日 (日)

古事記編纂1300年から『古事記』を考える

平成24年は、古事記編纂1300年にあたるらしい。また平成25年には、約60年ぶりに、出雲大社大遷宮が行われる。そういうこともあって、島根県では、今年、それで観光が盛り上がることを期待しているようだ(*注1)。最近は、『古事記』も、あまり読まれていないかもしれないが、口語訳の解説付きの古事記も出版されており、昔よりは読みやすいかもしれない。

『古事記』については、昔からいろんな論議があるが、史書の割に真実が語られているように思う。そういう意味では、『古事記』は史書ではなく、言い伝えの物語と言った方が正確かもしれない。大体、史書は、どこの国でも、当時の為政者に都合のいいように改ざんされるのが常だからである。

ただ、そのために、後世の歴史学者は、史実を歪めて解釈する可能性もある。歴史的事実は一つだけれど、推論は当たっている場合もあるが、外れている場合もあるだろう。学者の論説がすべて正しいとは言えないところが、歴史書の難しさがある。むしろ、こねくり回さない学者でない人の解釈が正しいこともあるかもしれない。

流風は、十分な知識は持ち合わせていないが、一応、現時点で感じていることを記しておこう。

『古事記』は、いろんな事象を断片的に記載されており、編年体でないところが、歴史書として問題があるとして、後年『日本書紀』が作られたベースになっていることは確かだろう。『日本書紀』のような史書の体裁は、当時の為政者や官僚にとって、どうしても必要であったのだろう。

その点、『古事記』は、あまり為政者の立場に立った物ではなく、割と純粋に国の成り立ちについての言い伝えが示されていると思う。そして、それは長く日本人の精神構造に影響してきたかもしれない。

ただ稗田阿礼の伝えたかったことが、確実に太安万侶に伝わったかというと疑問が残る。太安万侶の役割は、現代で言えば翻訳者だろう。稗田阿礼が発する言葉を文字にした。外国語を日本語に翻訳する場合、そのニュアンスは微妙に異なることが多い。

ましてや古代日本において、稗田阿礼が発する言葉(音)の意味を正確に、太安万侶が理解したかどうかは疑わしい。それに文字にした段階で、すでに異なる文化になる。文字の威力は大きい。後世の学者は、現代も含めて、文字にとらわれ過ぎであろう。

いずれ、稗田阿礼が発した「言葉」を「音」で感じて解釈する人が現れることを期待したい。実際、それは神社では行われているが、学者は、音を無視しすぎている。文字を追うことが学者の判断を誤らせていると言えるかもしれない。改めて、『古事記』を「音」で解釈する「音」楽家の登場を期待したい。

*注1   島根県の「古事記編纂1300年」に関するサイト

        http://www.pref.shimane.lg.jp/kanko/kamigami/shinpaku0727.html

*参考 関西での関連展覧会

   『大出雲展』

    京都国立博物館 平成24年7月28日より9月9日まで。

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2012年1月28日 (土)

風邪は胃腸からひく

インフルエンザが流行っているそうだが、空気が乾燥した今の時期は、風邪引きと共に、厄介なことである。これらへの対策としては、十分な睡眠と栄養、外出時にはマスクの着用、外出先から戻ったら、手洗いとうがいの励行、部屋の湿度を高く保つことが推奨されている。

さて、以前にも少しふれたが、昔、知り合いのお爺さんは、風邪は胃腸からひくと、よく言っていた。彼は風邪なんぞはひいたことがないと豪語していた。実際、毎日、晩酌はするけれど、胃腸に優しいように、食事は十分時間をかけて食しておられた。

子供時代、母に、十分に噛んでから食しないといけないと度々注意を受けた。確か一口26回だったかな。確かに、両親は、よく噛んで食するものだから、食事の時間は長かったと思う。朝、友達と遊ぶため、早く食事しようとすると、よく叱られたものだ。

そういうと、両親も、あまり風邪で寝込む姿を見たことはない。昔の人は、胃腸を大切にすることが、風邪をひかないことと皆、理解していたのかもしれない。

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2012年1月27日 (金)

にんにく野菜スープを作る

寒い日が続いている。今朝起きると、摂氏零度。起きるのが辛いわけだ。子供時代、いつまでも起きないと、母に布団を剥がれて、無理やり起こされた記憶が蘇る(笑)。母は、一体、何時に起きていたのだろうか。

さて、こういうときは、適温の暖房と朝から温かい物が欲しい。暖房しても、なかなか暖まらないが、温かい飲み物を飲むとほっとする。例のショウガ湯もいいが、朝はショウガ入れた野菜スープにする。最近は、少し飽きてきたので、にんにく野菜スープを作っている。作り方は、ショウガが、にくにくに代わっただけだ。

そういうと、昔、幼少の頃、家から少し行くと、朝鮮の人が住んでいる地域があった。その傍を通ると畑からぷーんと臭う物がある。母に聞くと、「あれは、にんにくとニラだよ。向こうの人は、あれをよく食して、寒さに強い。だけれど、日本人は、食べる習慣がない」と教えてくれた。その時は、そんなものかなと思って、時は過ぎ去った。

今では、料理に、にんにくやニラを使うのは当たり前になっている。日本人の食生活も大きく変わったものだ。隔世の感だ。にんにくは、疲労回復や体力増強にいいという。最近では、サプリメントとして健康食品が売られている(但し、サプリメントの過剰摂取は逆に健康を害すから注意)。確かに、にんにくやニラは健康に良いようだ。流風も、いろんな料理に使う。

冬は、最初に記したように、特ににんにく野菜スープにすることが多い。以前、神戸元町南京町に、ニンニクのすまし汁を出す店があったが、流風が作るのは、残野菜のみじん切りしたものを入れたスープになる。これを作ると部屋一杯に、にんにくの匂いが充満する。

でも、これを飲んでおくと、体調はいい。風邪もひきにくいように思う。風邪は胃腸が弱ることから来るらしいから、にんにく野菜スープは、当面、飲み続けることになる。部屋に臭いが籠るのが難点だが。

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2012年1月26日 (木)

茶碗蒸しに挑戦

子供時代、母の作る茶碗蒸しが好きだった。正月の三が日が開けると、お節の残りを具材にして、毎年、茶碗蒸しを作るのが恒例であった。それ以外でも、定期的に料理として出てきた。多分、父も好物だったのだと思う。

以前、それを思い出して、初めて茶碗蒸しを作ったことがあるが、いい加減に作ったものだから、その時は失敗した。今回作るのは本当に久しぶりで、実質、念を入れて作るのは初めてに近い。前回の様な事のないように、料理本を見て、作ってみた。材料は、百合根、かまぼこの薄切り、鶏肉、干しシイタケだ。

蒸し茶碗は、子供の頃、母が使っていた大振りの物だ。外食で出てくる茶碗蒸しの椀より二まわりくらい大きい。料理本で使用するのは小さい椀だから、出汁に卵とみりんと醤油で調整した卵液の配分に少し手間取った。

それでも、何とか整えて、具材と卵液を入れて、地獄蒸しという方法で蒸してみると、何とか、それらしいものはできた。でも、味は少し薄いかも。母はお節等煮物の残りを具材としていたから、味がそれなりになったのだろう。今後は工夫が求められる。

でも、寒いこの時期、何とかできた茶碗蒸しは美味しかった。具や味を工夫して、今後の定番にしよう。

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2012年1月25日 (水)

『やきものは語る』を鑑賞

昔の道具を見ると、当時の生活が偲ばれる。家電の発達した現代では、考えられない物が、昔、使われていた。流風の世代からすると、知っている物もあれば、あまり馴染みのない物もある。子供の頃は火鉢もあったし、七輪もあった。

今回は、兵庫県下の城下町に限って、昔の焼き物が展示された『やきものは語る』を鑑賞してきた。兵庫県立歴史博物館で展示されているもので、平成24年3月4日までの展示だ。特記すべき事項はないが、一応簡単に記しておく。

まず第一部では、姫路城の城下町で出土したものの展示だ。これらの焼き物は、現在、この博物館が建つ前に発掘調査されたものという。ここは以前、武家屋敷だったらしい。

出土した陶器物は、燈明具、平仄、化粧販売用紅猪口・紅皿、弥七焜炉、行平鍋、すり鉢、通い徳利、焼塩壺、茶碗、鉢、皿等だ。これらは一体、どこからやってきたか。

まず唐津焼。それも京風に作られている。京焼を真似たものとされる。量産されてコストダウンされて、安く販売されたのだろう。いつの時代もありますね。コピー商品(笑)。

次に、初期伊万里。これは大量生産はされていない。手作りの感が強い。更に、中国から輸入されたものもある。景徳鎮や漳州で生産された物が多いとか。他には、黄瀬戸(美濃窯)、志野(美濃窯)、織部(美濃窯)等。当時も、いろんな交流から、物の取引が行われていたのだろうか。

なお、第二部では、「ひょうご各地のやきもの」として、丹波焼、三田焼、東山焼の焼き物を紹介。第三部では、「江戸時代の出石焼」を紹介している。

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2012年1月24日 (火)

『截金(きりかね)の人間国宝展』を鑑賞

金箔を使った工芸展があると聞いて、早速、見に行ってきた。それは明石市立文化博物館で開催されている『截金(きりかね)の人間国宝展』だ。截金とは、薄く打ち延ばされた金箔や銀箔を竹の刀で切り取り、それらを様々に張り付けて、模様を作る技法だ。

日本には、飛鳥時代に伝わり、元々は仏像や仏画に施された。その華やかさは、やがて平安文化を支える重要な要素になる。ただ、高度技術のため継承が難しく、仏師を中心とする人々のみに受け継がれてきて、衰退の域にあった。今回は、それを大正・昭和期に、途絶えていた技法を復活させた二人の人間国宝にスポットをあてて、展示してある。

その人間国宝とは、齋田梅亭(さいたばいてい。1900~1981)と西出大三(にしでだいぞう。1913~1995)のお二人だ。

齋田は、西本願寺御用の截金師の家に生まれ、京都市立美術工芸学校で図案を学ぶ。元々、そういう環境に生まれた彼は、兄に師事する。やがて、仏画の装飾では飽き足らず、木の特性を生かし、屏風、衝立、筥や茶器に、精密な幾何学模様を施した作品を世に出していく。

西出大三の方は、東京美術学校で彫刻を学ぶ。在学中に截金に触れ、消えゆく伝統の技が滅んで行くのを惜しみ、独学で研究し、復元していく。自ら木に施した彫刻に、彩色した上に、截金を載せていく。

二人が截金を手掛けた経緯は全く異なり、その表現も異なるが、精密さという意味では共通する。そして、精密さをベースに、優雅な美しさという妙なる調和がある。それは厳しい環境下で生みだされている。

金箔は、風や湿気が大敵であるため、作業場は酷な状況での作業になり、そこでの作業は大変な集中力が求められる。お二人の苦闘の跡がうかがえる作品ばかりだ。観覧者は高齢の女性が多かったが、若い女性も一見の価値があるだろう。

それにしても、この博物館は、次々と流風を刺激してくれる展覧会を催してくれる。大きな博物館ではないけれど、企画がいいと、展覧会に行って鑑賞すると満足感は大きい。今後の企画にも期待大だ。

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2012年1月23日 (月)

つけまつげのお化け

最近、飲食店や販売店の受付の若い方の目の周辺を見ると、長く派手な、つけまつげをした方が見受けられる。そして、時々、そのつけまつげをパタパタさせている。流風は、いつも、それを見ると笑いたくなるのだが、そこはぐっとこらえている(笑)。ご本人は、どう思っているのか知らないが、どう見ても似合っているとは思えない。

これは目の周りを黒くする「タヌキ化粧」の流れなのだろうか。舞台等では、遠くからでも印象的に見える工夫は必要であろうが、彼女らに必要とは、とても思えない。これでは、まるで、タヌキが、つけまつげのお化けを付けている風である。それにもまして、彼女らは概して、若いのに厚化粧だ。それが更に非常にコケティッシュに見せてしまう。

なぜ、こんなものが流行するのだろうか。一体、彼女らは鏡を見ているのだろうか。納得して、あのようなつけまつげをしているとしたら、美的価値観を疑いたくなる。もちろん、若い時は、女性は皆、化粧でいろんな失敗をする。それは流風も若い時、同僚の若い女性が、頓珍漢な頬紅を塗って、まるでチンドン屋のように感じたこともあった。

でも、現在は、皆、化粧技術も上がって、そのような失敗はないと思ったていたのに、少し残念である。情報化時代というのに、彼女らは、どこから美容情報を得ているのだろうか。それとも、情報があふれて、適切な情報が得られないのか。それとも、彼女らの世代に適切な情報が提供されていないのか。大いに疑問を感じてしまった。

確かに接客には全く問題はないのだが、客がどのように感じているかは店側も配慮が必要だろう。流行を追うのは仕方ないとしても、顧客に接する以上、不自然な化粧は見直してもらいたいものだ。

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2012年1月22日 (日)

打ち込むということ

成功者の要件に、「打ち込む」ということがある。別の言葉で言えば、やり抜くということかもしれない。周囲を気にせず、ただただ専心あるのみ。それがどのような職業であれ、成功者はそのようである。そして、そのことが、成功を呼び込む。

そこには、例えば仕事と一体になっている。誰かのためとか、自分のためとかを超えて、専心する。打ち込むと心が「無になる」とは、よく聞く言葉だ。そして、何かに打ち込めることは幸せということだ。

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2012年1月21日 (土)

就職に対する考え方

毎年、就職難と大騒ぎだが、学生方の就職に対する考え方が問われる。企業訪問の猛者は、百社以上も行くそうだが、それでも受け入れてくれる企業がないというのは、就職戦略に過ちがあるか、本人に問題があるのだろう。

いつの時代もそうだが、世間知らずの学生は、有名な大企業を志向しがちだ。確かに一流会社に就職すれば、結構かもしれないが、入社後は、優秀な社員も多いから、競争も激しい。そして、必ずしも能力だけで評価されないだろう。

結局、いろんな派閥のどれかに属して、あくせくする。そのため、やりたい仕事をしようとしても、自由にはならない。所詮、全体像が見えない歯車にならざるを得ない。

社会に有益な仕事は、別に有名な大企業だけに限らない。継続企業で、小粒でもピリリと辛い山椒のような企業はたくさんある。彼らが迎えてくれるのなら、そういうところに就職するのも有りだろう。

所詮、就職先は、一つの舞台に過ぎない。そこで何をやるかは本人次第。会社が特別、何かをやってくれるわけでもない。そう思えば、仕事に対する心構えをしっかりして、自分なりの仕事の創造するしかない。

そういう意味では、大企業より、中堅・中小企業の方が腕を振るえる。確かに苦労は大きいかもしれないが、反応も速い。その積み重ねを継続的にすれば、人生として、はるかに意義が大きい。学生の方は就職意識を変えてもらいたいものだ。

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2012年1月20日 (金)

最近の、でもしか大学生

今年も、大学受験が始まっている。最近は、受験すれば、どこかの大学に入れるそうだ。何の向学心もなく、大学に入って卒業すれば学士様だ。本当に、これでいいのだろうか。以前にも記したが、文系大学は、大幅に整理する必要があるだろう。文系大学で学ぶことは、別に大学でなくても学べる。重要度は低い。

昔は、理科系、工学系に適しない者が、仕方なく、経済とか商学とかを選んだものだ。彼らのことを「掃き溜め学問」と揶揄された。流風も、その口だけれど、全く意味がなかったかと言うと、否定したいが、果たして有効であったかという疑問はある。手に技術も身につけず、理屈ばかりをこねまわすことになってはいないか。

母は、かつて文系の大学教授を皮肉って、「教授とは簡単なことを難しく説明する人」と言っていた。なかなか鋭い指摘と思う。そういう教授に学んだ学生が実業の世界に入っているが、果たして学んだことが役に立っているかどうか。

結局は、高卒だと就職に自信のない者が、就職を先延ばししているにすぎないのかもしれない。立派な大学を出ても、仕事はうまくいくとも限らない。却って、変なプライドから、何もできず、理屈で仕事から逃避する輩も多いのではなかろうか。

それは経営者になっても同様だ。現在の重厚長大産業の経営者を見ているとそんな感を強くする。祖父は商業を志す者は、あまり学問がない方がいいとも言っていた。人間の機微が分るには、早くから実業に身を置いた方が、賢明だとも。

学問をやる前に、志が明確でなければ、結局、就職までの「とりあえず大学生にでも」とか「せいぜい大学生になるしか」という「でもしか学生」になって、就職時期を遅らせて、就職難と騒ぐだけである(*注)。今年の受験生に、どれだけの志を持った学生がいるのだろうか。

*注

大学生の就職率が落ちたのは、大学生が増えすぎたからだ。企業の求人件数は、そんなに変化はしていない。また高校生も、就職に喘いでいるが、専門知識がある人は、就職できている。産業界の実勢を無視した高校のカリキュラムに問題があると言える。

*2017年7月30日追記

上記の記事は5年前のものだが、就職状況は変化している。今は売り手市場。これは国の政策によるものではなく、人口の構造的要因によるものだ。定年退職者が増え、それを埋める人材が不足している。

但し、能力的には埋めることはできない。ここしばらくは企業の人件費が増大し、経営も大変だ。就職しても、安閑とはしていられないだろう。能力のレベルアップのためには更なる努力が求められる。

国は残業を減らそうとしているが、意味は分かるが、現況の経営環境とは逆行している。若い人たちは、働く覚悟が必要だ。

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2012年1月18日 (水)

馬越恭平の養生法

若い人は、誰も知らないだろうけれど、戦前、「日本のビール王」と呼ばれた馬越恭平は、健康法として、三つの養生法を唱えている。

  一、身体の養生

  二、精神の養生

  三、身代の養生

一、身体の養生は、説明するまでもなく、自分の身体をよく知り、厭うことだろう。二の精神の養生は、昔から言われているように、心配しても心痛しないこと。そして、常に若々しい心を失わないことだ。

以上のことはいろんな人が指摘しているが、三つ目の身代の養生(*注)は、最近では「身代」という言葉はあまり使われないので、分りにくいかもしれない。広辞苑には、①一身に属する財産、②身分、地位、③暮らし向き、とある。

彼の言う意味は、単に財産や金を大切にせよという趣旨でもないようだ。彼が言うには、分相応の生活をし、その法(のり)を超えないようにせよということ。金は貯めすぎても使いすぎても駄目ということだろう。要するに、バランスのとれた節度ある生活を心掛けよということらしい。

以上の三つの養生ができれば、生涯、現役でいられると言明し、本人は、実際、そのようであったという。90歳になっても、経営の一線を離れなかったというから凄まじい。周囲は迷惑だっただろうけれど(笑)。

*注

ちなみに馬越は、身代の養生として、次のことを挙げている。

  一、節約

  二、貯蓄

  三、商売熱心

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2012年1月17日 (火)

突々和夫の木版画を観覧

先日、神戸ファッション美術館に行ったついでに、隣にある神戸ゆかりの美術館にも入ってみた。今回は、『神戸 美しき色彩~新収蔵・突々和夫の木版画を中心に』であった。残念ながら、突々和夫(とつとつ・かずお)氏については、全く知らなかった。1929年生まれの彼は、元々、兵庫県内で教員をされていたようで、日本画制作が主体だったが、神戸の高校に移った頃から、木版画を始められたようだ。

展示は、木版画19点、水彩画5点だ。印象としては、木版画にしては、優しい感じ。まるで絵を描いたような版画だ。版画を感じさせない。日本画の素地があるから、描けるのだろう。題材は、神戸中心に、奈良、倉敷、小豆島等だ。

彼の作品以外では、別車博資の水彩画13点、西村功の水彩画15点、西村英の木版画22点、川西祐三郎の木版画3点、川端謹次の油絵9点等も展示されていたが、今回は時間の都合でさらっと観覧。でも知らなかった突々和夫の木版画を知ることができて満足。

他の木版画とじっくり見比べてみれば、もっとよかったかも。2012年3月27日まで展示だから、その他の作者の木版画との見比べは、また来ればできる。次回は、観覧ではなく、鑑賞してみたい。ただ、昨年鑑賞したジュディ・オングの木版画とも並べて見比べたい気持ちはあるが、残念ながら、それはかなわない。

(以上、敬称略)

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2012年1月16日 (月)

出汁と煮豆

料理に出汁は欠かせない。最近の主婦は出汁を取るのも嫌がるらしいが、実際は、そんなに手間はかからない。昆布と鰹節さえあれば、あっという間にできる。その後は、工夫で、二番出汁とか、いろいろあるが、そこまでいかなくても、一番出汁で、そこそこの料理はできる。少なくとも、インスタントでは出せない風味が出る。

問題は、出汁ガラをどうするかということ。かつては3回に1回くらいは、昆布は塩コンブにしていたが、あまり食さないので、結局、無駄になるので止めてしまった。鰹節は、砂糖と醤油とみりんで、甘辛く炒めると、ちょっとした、おかずになる。ただ、最近は、あまり作らず、菜園に戻している。

ところで昆布の方は出汁を取って何回かは、最近、煮豆にするようにしている。また便利な大豆煮が売られているので、料理は楽で時間はかからない。それを利用し、ニンジン、ゴボウ、コンニャク、鶏肉などを1センチ四方に切って、出汁と砂糖、みりん、醤油で煮るだけだ。醤油は少なくするので、市販の煮豆より、あっさりした味になっている。それで、結構、気に入っている。それにしても、市販の煮豆は、なぜ、あんなに甘辛いのだろうか。

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2012年1月15日 (日)

『感じる服 考える服~東京ファッションの現在形』を観賞

現在、神戸ファッション美術館で開催されている『感じる服 考える服~東京ファッションの現在形』(2012年4月1日まで)を観賞してきた。大体、この美術館は、女性のファッションの美術館と言える。女性の観客が多いので、いつも行くのは、多少、気恥ずかしい感じだが、時々、見に行く。内容については、十分理解できるとは言い難いが、雰囲気だけを楽しんでいる。

流風は、自分のファッションには疎いが、一応、若い時から、女性のファッションには関心はある。それは変化があり面白いからだ。それに比べて、男のファッションというものは、女性のファッションに比べたら、あまり広がりはない。それに流風の世代は、あまりちゃらちゃらした服は敬遠された。確かに学生時代にジーンズは流行していたが、それから、そんなに進歩したかと言うと、疑問が多い。

会社勤めはスーツだし、ファッションに熱心な奴は、往々にして仕事ができないと言われたものだ(笑)。ファッション自体が仕事関係であれば、それはやむを得ないが、一般の男にとって、それほど重要視されているとも思えない。最近の若い男のだらしないファッションを見ても、まあ、若い時は、着こなせても、いつまでも着ることはできないだろうなと、冷やかに見つめている。それほどに、男のファッションというものは、限界がある。ファッションは、やはり女性のものであろう。

先端を行く女性のファッションは、一般には着こなせないが、時代の雰囲気を醸し出すか、あるいは、これからの時代の可能性を示唆している場合が多い。そういうものには、私達は、知らず知らず強い影響を受けているのだろう。そういう意味では、ファッションとの触れ合いは、時代性を象徴した芸術の鑑賞と似ている。

すなわち、特定の時間と空間の中で、身につける体という制限枠内で、服装が、せめぎ合っているのは、なかなか面白いものだ。すなわち、人体と服装の形、素材、デザイン、色彩の組み合わせのいろんな組み合わせが、脳を刺激する。そして、繰り返すようだが、それは時代の反映でもある。ファッションは、そのバランスの程度で、時代観が出てくる。

今回の展覧会では、再び、日本のファッションが注目を浴びていることから企画されたようだ。ハイファッションから、ストリート、ファストファッションが強い影響力を持ちながら、時代の空気を察して、新しい変化を迎えている。その中で、「新しい時代のリアリティを追求しつつ、ユニークなクリエイションを展開している」10組のデザイナーの作品を紹介している。

 一、サスクワァッチファブリックス(横山大介・荒木克記)

     ストリートからの発信

           フリースタイルで民族的なモチーフ

  二、まとふ(堀端裕之・関口真希子)

     新しい美意識の提案

     日本的な美意識が通底する新しい服

  三、アンリアレイジ(森永邦彦)

     既成概念の見直し

     古着のリメークに始まり、「神は細部に宿る」を信念

     マニアックなクラフトワーク

  四、h.NAOTO(廣岡直人)

     ストリートからの発信

     サブカル文化と連動

     パンク、ゴス、ロリータなどをミックス

     閉鎖的なサブカルチャーのコスチューム

  五、ソマルタ(廣川玉枝)

     新しい美意識の提案

     無縫製ニット

     映像ショーにより物語性を映像で表現

     服作りは純粋にテクノロジーとして展開

  六、ケイスケカンダ(神田恵介)

     既成概念の見直し

     「女の子が僕の服を着て、笑ってくれれば、それでいい」

     顧客とのコミュニケーション重視から生み出される

  七、シアタープロダクツ(武内昭・中西妙佳・金森香)

     多面的な活動

     服を作って売るだけではない

     その見せ方、人々の手に渡るまでのプロセスデザイン

     ショーはエンタテイメント性を帯びる

  八、ミントデザインズ(勝井北斗・八木奈央)

    オリジナルのテキスタイルを生かした服作り

    「服を一つのプロダクトとして提案」

    長く日常生活で着られる服作り

    豊かな色彩感、大柄プリント、シンプルだがユニークな造形

  九、ミナ ペルホネン

         オリジナルのテキスタイルを生かした服作り

    「特別な日常服」

    北欧のライフスタイルとカルチャーに共感

 十、リトゥンアフターワーズ(山縣良和)

    多面的な活動

    ファッションを様々な媒体で表現

全体的に見て感じることは、ファッション企画途上のバックグラウンドの表現に近い。これらが現実に、どのようなファッションとして展開されるのか、興味深い。多分、多様化の波を皆さんが受けているような感じだ。

ファッション作家の感性はそれぞれだが、現在は、それがより拡散している感じだ。ファッションは、脳内活動の表出だ。脳内で整理されたコンセプトで、人体プラスファッションから発せられるエネルギーが、人、空間、共有する時間、社会、世界へと波及していく。

そして、今、流れる時代感覚の中で、多様な世界の民族の影響を受けて、ファッションの主張が微妙に変化しているようだ。そこで重要なのは、無国籍ではなく、いかに日本らしさを主張するかということであろう。

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2012年1月13日 (金)

自分自身の物差し

確固たる自分自身の判断基準がないと、第三者から色々言われると迷いが生じる。迷いが生じると、第三者は、そこに付け込んでくる。そして、それが正論に聞こえてくるから不思議だ。

だが、確固たる自分の物差しがあれば、そういうことは避けられる。第三者の不平や批判を気にせず、淡々と物事を進めることができる。それは第三者の立場というものがあると分るからだ。つまり、彼らの立場に配慮ばかりしていては物事は進まないということだ。

もちろん、不平や批判の中には、それなりの意味が含まれている場合もあるので、完全には無視しないが、捉われもしない。リーダー(*注)の物差しとは、そういうものであらねばならない。そして、結果に対しては責任を持つことだ。

*注

全ての人は、それぞれリーダーであるという観点で記している。

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2012年1月11日 (水)

善因善果、悪因悪果ということ

世の中の仕組みは案外シンプルである。良い種を蒔けば、よく実り、悪い種を蒔けば、よく実らない。こんなに単純なのに、人々は、それを忘れて、あくせくする。流風も、その一人だろう。

商売で言えば、スジの良い商品を適正価格で売れば、確実に儲かる。いくら安くてもスジの悪い商品は、一時的に売れても、いつかは返品の山で信用を失う。信用を失えば、その回復には時間がかかる。堅実なやり方が、最も早い道なのだ。

それは人間関係でも、投資でも、そうだろう。これほど、分りやすい世の中に住んでいるのに、何かの拍子に、それを忘れてしまう人間の哀しさ。心の隙かもしれない。そうならないためには、昔から、言われているように、心の背骨を子供時代に鍛えておくことかもしれない。それは若い時の苦労によって磨かれる。そうすれば、自然と、善因善果、悪因悪果の意味が分るようになる。

*追記

先日、京都府の福知山市動物園の「猿ケ島」に深夜、花火を投げ入れた五人組がいるようだが、人間として恥ずべき行為だろう。猿たちは火傷したのもいるようだし、人間不信に陥っている。残念だが、彼らは、いずれ猿の逆襲に遭うのだろう。悪因悪果になる典型だ。

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2012年1月10日 (火)

抜けている風に見せる

リーダーの条件として、意外に思われるかもしれないが、どこか抜けているということがある。あるいは、抜けている風に見える。これは明らかに参謀とは異なる。トップは、人間的に若干、脇が甘い程度で、周囲が何とか助けなければと思わすと、愛される(*注)。

これとは逆に、参謀というのは、福沢の言葉を借りれば、「自分の智明にまかせて他人の言を冷淡に聞き流すのみならず、ややもすれば益もなきことに他人の短所をあげて、寸鉄人を殺すの毒言を吐き、あたかも無益の殺生をなす」御仁と言えよう。

流風も気をつけなければならないが、参謀的に現代人は言葉が多すぎる。それが多くの誤解を生む。リーダーの場合は、他者を攻撃しても、その的を外すことが望ましい。同じく、諭吉の言葉を借りれば、「磊々落々、時として放言漫言、罵詈叱咤も妨げずと言えども、その放言漫言はすべて空砲にて実弾を伴うべからず」なのだ。

そのようにすれば、誰も実害を受けることもないから敵を増やすこともない。仮に相手に欠点があったとしても、直接指摘せず、婉曲な方法で相手に気づかせることの方がいい。そうできる人は、ある意味、本当に「抜けている人」ではないのだろう。

秀吉は、豪放磊落のように見えて、非常に細やかな神経の持ち主であったという(晩年除く)。誰をも、できるだけ傷つけないように配慮した。彼は、実際は小心者なのに、鷹揚なように演技をした。天下は、彼が小心者だったから、取れたと言う人もいる。

話を戻そう。再度、諭吉の言葉で締めよう。「水清ければ、魚なし。人智明なれば友なし。朋友または部下を容るるの度量は、広くして、いささか漠然たるを要す」と。リーダーの度量は、そんなものかもしれない。諭吉も、下士出身故、苦労人だから発せられる言葉だろう。

*注

但し、最近は、対外的には、そういうところを見せると叩かれる傾向がある。残念ながら、マスコミに許容量がなくなっている。叩く人間は、果たして完全な人間がいると思っているのだろうか。自分に照らしてみて、自分が完全な人間と思っているのだろうか。軽くジャブ程度にすればいいのに。

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2012年1月 9日 (月)

幸せの価値観

若い時、先輩の女性から、「結婚相手を選ぶ時は、何か軸になるものに共感できることがあれば、後は妥協よ。両者が少しずつ歩み寄るしかない。生活環境が違うところで生まれ育っているのだから、たくさんの異なることがあるのは当たり前と思わないと、相手は見つからないわよ」と忠告された。

彼女が、特に親しくないのに、退職直前に、なぜ流風に忠告したのかは分らない。ただ、彼女は結婚退職が決まっていたが、それまでに色々あったのかもしれない。その後、彼女の言葉は片隅にあったが、仕事にかまけて、相手探しは宙に浮いたままであったことを時々思い出す。

当時、結婚相手を選ぶ時に、最近のことは知らないけれど、女性は「価値観が同じ人」と宣(のた)まっていた(笑)。一応、建前としては、そうなのだろう。男女が一緒になるのは、基本的には、自然な相性ということだが、第三者に問われれば、それらしい返事をしなければならないから、そういう答え方になるのかもしれない。

ただ、価値観というのは、あまりにもざっくりしていて、なかなか焦点が定まらず、ぼやけている。これでは、先輩の女性の言うような相手は見つからないだろう。それ以前に、基本的には、無理のいらない相手という観点が大切だ。気楽と言えば、語弊があるが、自然と何でも話せる相手が望ましい。相手に対して妙に気を使わなければならないタイプとは、長くは暮らせない。

三浦友和氏が、山口百恵さんとの結婚を振り返って、本を出されている中で、「幸せの価値観」が共通していたと語っているらしいが、うまい表現だと思う。単に「価値観」だけだと、焦点がぼやけてしまうけれど、「幸せの価値観」というと、なにがしかの検討がつくという人も多いだろう。

若い人たちは、今一度、自分がどうなることが幸せと考えているのかを考え合わせて、パートナーを選ぶことは、いい判断になると思う。

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2012年1月 8日 (日)

気長ということ

人の気性はいろいろである。気長な人もいれば、気短な人もいる。どちらが得か、よく考えると、気長な人の方が、人生の総体では、そのように思う。

逆に、気短な人は、何でもかんでも、すぐに成果を求めすぎる。それは、あらゆる対象に、すぐ期待しすぎるからだろう。例えば、新人に期待する、部下に期待する、友人に期待する、知人に期待する、パートナーに期待する、全てに当てはまる。あるいは、投資家は成果を早く期待する。商売人は短期間での金儲けに期待する。

だが、成果が上がるには時間がかかる。対象は自分ではない別の人や物。自分の思い通りには動かないのが普通だ。だから、あせればあせるほど、人も金も逃げていくが、本人は自覚していないから、泥沼にはまり、事態が収拾できなくなる。

だから、人はあせらず、一歩ずつ歩むのが賢明と言える。童話のウサギとカメの話は、大人になると案外、忘れがちだが、大切なことを示している。人生、気長に生きるのが宜しいようだ。

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2012年1月 7日 (土)

これからの内需産業 2012年版

少子高齢化で、人口が逆ピラミッド化している現在、企業のマーケティングそのものの見直しが重要だが、まだまだ十分とは言えない。TTP等で、海外市場を開発するのは大切だが、国内市場のきちんとした見直しは必要だ。

ところが、最近になって、やっと気付いた企業が動き出している程度だ。それは中高年を対象としたビジネス展開だろう。やっと気付いたかという感じ。いつまでも若者向けの商品やサービスを開発していては、じり貧なのは明らか。

しかしながら、それだけでは内需産業の開発は不十分だろう。やはり、これまで、そんなに力を入れてこなかった産業の掘り起こしも大切だ。それが何なのか、流風は不勉強なので、確固としたことは申し上げられないが、次のことは検討されていいいのではないか(すでにビジネスとしては検討済みであるかもしれない。その点はご了承願いたい)。

(事業拡大の可能性の一例)

    ◎電力の発電・送電分離

  ◎各地域に合致した自然エネルギー

    ◎中高年のための遊興施設(*カジノは含まず)

  ◎文化施設周辺の中高年を対象とした大人の遊園地化

    ◎中型飛行機の開発、ヘリコプターの国産化開発

  ◎輸入医療機器の国産化

  ◎住宅居住面積の拡大化と、それに伴う各種サービス

  ◎地方の中高年向け「終の棲家」住宅開発と各種サービス(文化・医療・介護)

  ◎林業の高度化(環境とエネルギー分野)と流通革新

  ◎TTPを睨んだ農業の生産革新と流通革新

  ◎漢方薬原料の国内生産

    ◎医療と外食・中食連携システム(個別健康管理システム)

  ◎ファッション・服選びの自動化システム

  ◎伝統工芸の国際化・ブランド化

    ◎地域に埋もれている伝統工芸品の中古(古物)の輸出

  ◎超精密部品産業

  ◎品質管理代行ビジネス

  ◎中古住宅のリフォームによる品質アップと品質査定

  ◎新たな地域を限定した多様な外国人向け住宅不動産ビジネス

  ◎漁業の養殖ビジネス

  ◎不足する世界に通用する各種職人養成(普通高校の転換)

  ◎既存大学のアジアの留学生対象の国際大学への転換(主として過疎地に)

等々。

その他に、内需に関連する外需開発としては、

  ◎水資源開発の国際化

  ◎ごみ処理技術の国際化

などが挙げられる。

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2012年1月 6日 (金)

七草粥について

明日1月7日は、七草粥を作って、味の濃いお節料理で疲れた胃腸を休めるという。確かに、お節料理は味が濃い。流風も辟易とした。今年のお節は田舎お節だったが、それでも魚介類は味が濃かった。やはり、ここら辺で、一度、あっさりした粥で胃腸を休めるという昔からの習慣はよく考えられたものなのだろう。

ただ、子供のころ、母はあまり作っていなかったと思う。七草粥は朝、頂くものだから、父が嫌がった可能性がある。だから、食した記憶が薄い。それでも、何回かは食したと思うのだが、多分、学校に上がる前は、お昼に母が作っていて食したのかもしれない。

ただ、母が作る七草には、子供のころ、覚えさせられた七草が入っていたか随分怪しい。スズナ、スズシロは入っていたと思うが、その他は適当に菜っ葉類を入れていたと思う。セリ、ナズナあたりは入っていたかもしれないが。

一応、七草について記すと、覚え順は、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロで、全国どこでも同じようだ。一応、邪気を払い、万病を防ぐなんてことも言われる(陰陽道の影響)。

確かに、セリは、増血作用、解熱作用があり、ナズナは、解熱、利尿、止血作用があり、ゴギョウは咳どめ、ハコベラは、ミネラル豊富で止血作用があり、ホトケノザは、若返り、動脈硬化予防に、スズナ・スズシロはジアスターゼを含むので消化促進があるとされる。

でも、粥に、これらの少量の野菜を混ぜたとしても、そんなに効果があるとも思えない。主体は粥であり、粥が正月疲れの解消にあるということだろう。

ということで、スーパーで七草セットを入手し、明日、初めて、七草粥を作ることにした。まあ、粥の方は、お粥メーカーがあるので、それで作って、塩少々と刻んだ野菜たちを入れて蒸らすだけだけれど。それでも、果たして、うまく作れるかどうか、少し心配(笑)。

*平成24年1月8日追記

昨日の朝に、七草粥を初めて作って頂いた。少し七草のあくが強いかも。一応、スズナ、スズシロは刻んで、湯がいて、他の刻んだ七草を炊きあがった粥に塩と共に蒸らしたのだが、少し量を入れすぎた感。ただ食後は、確かにいい感じ。普段の健康食としてもいいかも。

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2012年1月 5日 (木)

平成24年の干支~壬辰

平成24年の干支は壬辰(みずのえたつ)だ。壬とは、草木の種子の内部に新しい命をはらむ状態だ。辰は、春の暖かさに伴い、草木が活力をふるって旺盛に伸びる状態をいう。これは何を意味をするのだろうか。

壬とは、まさに、これから新しい生命を産む状態で、期待と不安に満ちた状態かもしれない。周囲も、いつ生まれるのか期待し、未来に新しい光を感じている状態だ。

また辰は龍のことである。龍は架空の生物だ。龍という文字も、頭に冠をかぶり、胴をくねらせた形を意味する。胴は、大トカゲの様でもあり、大蛇の様でもある。そして以前のブログでも取り上げたが、龍は水とのかかわりが強く、人々は龍神として崇めた。中国では、縁起の良い動物とされている。

ところで、昨年の干支は、「辛卯」だった。一昨年は「庚寅」で、「新しく動き出した」ことが、昨年の「辛卯」は、「根を張り、枝を伸ばして拡がっていく」様子を意味していた。

ところが、昨年は、東日本大震災や福島原発事故が起こった。これにより、日本は、大きな悲しみに覆われた。そして、復旧・復興のために新しい動きがあった。あまりにも広域での大災害に国の対応は遅れがちだったが、世界から支援の手が寄せられ、一般国民も寄付行為に目覚めた。

そういう意味では、昨年は、むしろ「庚寅」であったかもしれない。だから、今年は、昨年の干支の再生を意味する「辛卯」に近いかもしれない。それが、やがて年後半から来年にかけて、活力を以て勢いを増していく「壬辰」につながっていくイメージだろうか。

なお、過去の壬辰の年には、辛卯の年ほど大きい事象は起こっていない。無理やり取り上げても、せいぜい、1232年に、北条泰時が御成敗式目を制定、1592年に豊臣秀吉が、文禄の役を起こしている程度だ。

ユーロ問題で、世界経済は混沌としているが、案外、すでに新しい時代に向けて、スタートしているのかもしれない。そう考えると、あまり悲観的になる必要はない。それぞれが一歩前に進み出せば、未来は明るい。

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2012年1月 3日 (火)

平成24年の初詣

元日、2日と寝正月のため、体が少しなまっているようなので、本日は初詣も兼ねて駅まで歩くことにした。寒い中、歩いていると、最初は少しきつかったが、歩き続けると、いつもの調子に。人間、あまりじっとしているといけません。

道々、家の様子を見ていると少し変。正月を祝っている雰囲気のない家がある。注連飾(しめかざり)をしていない家がたくさんある。さすがに商家は、大抵飾っているが、普通の家は飾っていない家がある。何か変な感じだ。

それは最初、新しい家ほど飾っていないのかと思ったが、そうでもないようだ。古い家でも飾っていないところがある。この人たちは、正月を迎えることをどのように考えているのだろうか。鏡餅同様、これらの慣習が無くなるのは少し寂しい感じがする。

気持ちを切り替えるには、正月は一つの節目。やはりこういう慣習は残したいものだ。確かに費用は少しかかるが、一年にしたら、わずかな額であろう。これらを削ったところで、いい影響はない。新年は決心の表明に相応しいものにしたいものだ。

そんなことを考えながら歩いて行くと、目的の神社に着いた。人は切れずに長い列だ。皆さん、それぞれ明るい顔をされている。いい正月なのだろう。お参りして、例年の如く、おみくじを引く。結果は例年の如く良い。今年も、神さんが守ってくれて、普通の生活が送れるのだろう。有難いことだ。今年も、いい一年にしよう。

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やはり“田舎”はいい

今年の正月も、いつものことだが、少し食べ過ぎ(笑)。寝正月だから、その後の体重の増え具合が少し心配。お節も、三が日異なるお雑煮も大変おいしい。お節は業者に頼んだものだが、初めて田舎お節。昔懐かしい子供のころを思わせるお節だ。

お節は自分でも作るが、アイテムは限られる。今回のお節は、少量ずつだが、内容も豊かで、楽しい内容。これに慣れると自分で作るのは少し億劫になる。来年、どうしよう。問題は、やはり味が少し濃いこと。早く薄味の健康お節を出してもらいたいものだ。

お餅も、年末に、走り回って、昔ながらの田舎お餅を入手。鏡餅と丸餅。神戸に住んでいた時は、割と簡単に入手できたのに、こちらは田舎なのに、入手しにくい皮肉。今年は老舗の饅頭屋も積極的に正月餅を販売していない。ここ数年、饅頭屋で入手した杵つき餅は、どうも機械づきのように感じたけれど。

田舎お餅は、水分が多いのかもしれない。所謂、生餅と言われるもので、長持ちしない。外に長く放置すれば、青カビが生えてくる。多分、鏡餅も、青カビが生えてくるだろう。それが害だという人もいるが、昔は、硬くなった餅についたカビを薄く剥ぎ落して、水に漬けて、焼いて食したものだ。

床の間に、どっしりと飾ってある鏡餅は、11日の鏡開きには、木槌で割って、水に漬ける。ただ生渇きだと割ることはできない。包丁を入れてはいけないと言われるが、細かくするには部分的には使わざるを得ない。それを水に漬けたものを焼いて、母はぜんざいにして、出入りの人にふるまっていた。それは近所も同様で、子供時代は、あちこちに駆けつけて頂いたものだ。

今は、鏡餅も、本当の鏡餅を飾る家は少ないという。情けないことだ。鏡餅風の鏡餅(プラスチックでできた鏡餅の形の中に丸餅が入っている)や、いつ、餅をついたかわからないような真空パックの鏡餅とかでは、正月を祝うことにならないだろう。

来年も、正月ぐらいは出来立ての田舎餅にしたいと思う。そうすれば神様も喜んでくれて、一家を幸せにしてくれる。なぜ正月のような大切な日も、ハレとして理解しない人が増えているのだろう。もっとハレやケの区別をはっきりさせたいものだ。

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