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2012年1月11日 (水)

善因善果、悪因悪果ということ

世の中の仕組みは案外シンプルである。良い種を蒔けば、よく実り、悪い種を蒔けば、よく実らない。こんなに単純なのに、人々は、それを忘れて、あくせくする。流風も、その一人だろう。

商売で言えば、スジの良い商品を適正価格で売れば、確実に儲かる。いくら安くてもスジの悪い商品は、一時的に売れても、いつかは返品の山で信用を失う。信用を失えば、その回復には時間がかかる。堅実なやり方が、最も早い道なのだ。

それは人間関係でも、投資でも、そうだろう。これほど、分りやすい世の中に住んでいるのに、何かの拍子に、それを忘れてしまう人間の哀しさ。心の隙かもしれない。そうならないためには、昔から、言われているように、心の背骨を子供時代に鍛えておくことかもしれない。それは若い時の苦労によって磨かれる。そうすれば、自然と、善因善果、悪因悪果の意味が分るようになる。

*追記

先日、京都府の福知山市動物園の「猿ケ島」に深夜、花火を投げ入れた五人組がいるようだが、人間として恥ずべき行為だろう。猿たちは火傷したのもいるようだし、人間不信に陥っている。残念だが、彼らは、いずれ猿の逆襲に遭うのだろう。悪因悪果になる典型だ。

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