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2012年1月20日 (金)

最近の、でもしか大学生

今年も、大学受験が始まっている。最近は、受験すれば、どこかの大学に入れるそうだ。何の向学心もなく、大学に入って卒業すれば学士様だ。本当に、これでいいのだろうか。以前にも記したが、文系大学は、大幅に整理する必要があるだろう。文系大学で学ぶことは、別に大学でなくても学べる。重要度は低い。

昔は、理科系、工学系に適しない者が、仕方なく、経済とか商学とかを選んだものだ。彼らのことを「掃き溜め学問」と揶揄された。流風も、その口だけれど、全く意味がなかったかと言うと、否定したいが、果たして有効であったかという疑問はある。手に技術も身につけず、理屈ばかりをこねまわすことになってはいないか。

母は、かつて文系の大学教授を皮肉って、「教授とは簡単なことを難しく説明する人」と言っていた。なかなか鋭い指摘と思う。そういう教授に学んだ学生が実業の世界に入っているが、果たして学んだことが役に立っているかどうか。

結局は、高卒だと就職に自信のない者が、就職を先延ばししているにすぎないのかもしれない。立派な大学を出ても、仕事はうまくいくとも限らない。却って、変なプライドから、何もできず、理屈で仕事から逃避する輩も多いのではなかろうか。

それは経営者になっても同様だ。現在の重厚長大産業の経営者を見ているとそんな感を強くする。祖父は商業を志す者は、あまり学問がない方がいいとも言っていた。人間の機微が分るには、早くから実業に身を置いた方が、賢明だとも。

学問をやる前に、志が明確でなければ、結局、就職までの「とりあえず大学生にでも」とか「せいぜい大学生になるしか」という「でもしか学生」になって、就職時期を遅らせて、就職難と騒ぐだけである(*注)。今年の受験生に、どれだけの志を持った学生がいるのだろうか。

*注

大学生の就職率が落ちたのは、大学生が増えすぎたからだ。企業の求人件数は、そんなに変化はしていない。また高校生も、就職に喘いでいるが、専門知識がある人は、就職できている。産業界の実勢を無視した高校のカリキュラムに問題があると言える。

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