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2012年2月25日 (土)

『万葉集』の“竹取物語”

多くの方がご存じだろうが、『万葉集』にも竹取の翁の話が載っている。但し、内容は『竹取物語』とは大きく異なる。神仙物には違いないが、全く別の話だ。内容を、流風的に、茶化して記すと以下のようになる。

昔、昔、或るところに、竹取の翁と言われる人がいた。彼が、3月も終わりごろ、丘に登って、遠くを望むと、羹(あつもの)を煮る九人の若い女子の姿が見えたので、近づいて行ってみた。羹とは、現在の言葉で言えば、野菜が一杯の熱々のスープだろうか。若い女性が集まって、野外パーティーとして、女子会を開いている雰囲気(笑)。

彼女らは、皆、独特の雰囲気の絶世の容姿の美人ばかり。そこに翁が近寄って来たものだから、その中の一人が彼を呼び、「叔父さん、この燭の火を吹いてみて」と言う。翁は、さらに近づいて、それに応えて「分った」と言い、火の前の席に厚かましくも座る。

ところが、彼女らは、彼を呼んだ女性も含めて、笑みを浮かべて、「誰が、あんな爺さん、呼んだの」と非難轟々。まあ、折角の女子会を邪魔されては、困るのも分る。翁は、謝って、「今回は、思いの他、このような皆さんの様な神仙の方々にめぐりあって、私自身、戸惑っています。皆さんに、申し訳ないと思うので、それを贖う歌を差し上げよう」と歌一首を詠う。

この歌は長いので、省略するが、内容は、概略、次のようになるかな。「私も、比較的裕福な家に生まれたので、皆さんのように、赤子の時は、大事に育てられ、いい服を着せられていた。少し大きくなると、誰にも靡かないと評判の女性から手づくりの贈り物を届けられ、それを見た別の美人の誉れ高い女性からも、また違う贈り物を届けられるというモテモテ状態だった。それらを着て都を歩くと、女性だけでなく、鳥たちも振り返ったものさ。

そのように、わが世の春と思っていたのも、一時のこと。今では、老いさらばえて、このような惨めさ。本日のように、皆さんに笑われても仕方ない」と言って、次の歌を二首を詠む。

  死なばこそ 相見ずあらめ 生きてあらば

    白髪子らに 生ひずあらめやも

  白髪し 子らに生ひなば かくのごと 

    若けむ子らに 罵(の)らえかねめや

要するに、今は、このように爺をお笑いなさるが、あなた方も、いずれ歳が行けば、髪は白くなり、若い人々に笑われるようになりますよ、と諭した。これには、若い女性たちも反省して、各人1首の歌を詠み、翁を改めて歓迎しますと詠っている。流風も、そういう事態になったら宜しくね、若い女性の皆さん(笑)。

 

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