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2012年2月 7日 (火)

予めの用意がないと

予めの用意がないと、何事にも事は順調に進まない。学生時代であれば、予習するのと、そうでないとのでは理解の速度は全く異なる。それは世の中に出ても同じことだ。将来を想定しつつ、現在を見つめるのと、だだただ、その日暮らしをするのとでは、人生の価値が違ってくる。人間の持ち時間には限りがあるから、それを活かすも殺すも本人の自覚次第だ。

古語にも、次の様な言葉がある。

  世に先んじては体怠り神(こころ)昏(くら)し。

  事に臨んでは手忙しく脚乱る。

何事にも、先んじて手を打つ必要があるが、それを怠ると、事が起こって大騒ぎして、あたふたする。それは国も個人も同じこと。国は100年先を考えて、政策を考えておく必要があるし、個人においても10年先くらいは見通して準備しておく必要がある。

*追記

政治とは、100年先を見据えながら、足元を見るというのが本質だろうが、現在の政治家は、足元ばかりを見ている。それは小選挙区制になってから、激しいように思う。その結果、政治を大きく捉えることができなくなっている。

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