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2012年2月 9日 (木)

いろは歌の真意

今回は、子供の頃、覚えさせられた、いろは歌について、備忘録的に。いろは歌は、どなたもご存じだろうが、弘法大師の作とされる。ただ、彼の作であるかは疑わしい。しかしながら、誰が作ったにせよ、そこには、仏教の教えが込められている。

  いろはにほへど ちりぬるを

   (色は匂えど 散りぬるを)

  わがよたれぞ つねならむ

      (わが世誰れぞ 常ならん)

  うゐのおくやま けふこえて

      (有為の奥山 今日越えて)

  あさきゆめみし ゑひもせず

      (浅き夢見し 酔いもせず)

一般的な解釈は、「春、匂い立つように咲き誇った花も、やがては散ってしまう。このようにこの世で、人も同様に、誰も不変でいることはできない。無常の現世を超越できると儚い夢を見たり、酔いふけったりはしない」となる。

以下は知らなかったのだが、『涅槃経』の字句に対応しているそうだ。すなわち、次の様だ。

   諸行無常

   是正滅法

   生滅々己

   寂滅為楽

この解釈は、「万物の事物が流転変化する不変の法則の下、人間は、限られた時間を与えられているに過ぎず、いつかは死ぬ運命にある。儚い現世を離れて、移り変わることのない永遠の存在である悟りの境地に至るためには、妄想から脱して、あらゆる煩悩から離れた涅槃の地に落ち着こう」ぐらいの意味らしい。

まあ、これだと仏教者同士では、伝わっても、一般庶民には分らない。それで、庶民にも分りやすいように、説いたのが「いろは歌」であろう。但し、庶民の方は、必ずしも、その真意を理解していなかったかもしれない。ただ「有難い言葉」が含まれていると思って、信心したことは考えられる。まあ、イワシの頭でも、信じる者は救われるということだろう。

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