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2012年3月29日 (木)

金融投資運用の意味

金融自由化により、一般人も、投資運用の知識は必要になって厄介な時代には違いない。かつては、高度成長で、間接金融が主体の時代には、日本銀行の公定歩合に伴う金利変動で、銀行に預けるだけで、結構な金利がついたが、今は、そういうことは全く期待ができなくなった。

だが、一般人にとって、金融投資運用はなかなか難しいものだ。身近なものでは、昔からある株式投資があるが、これらの投資の性格は、売り買いが伴うから、誰が損するから、誰かが儲かる仕組みということだ。だから、全ての人が儲かるということはありえない。

ところが、多くの人は、ブームに煽られて、皆、儲かったり、損すると、錯覚する。お金を運用する人は、そのことが分っている必要があるが、厚生年金基金などの責任者のほとんどは、その運用経験もなく、自覚が薄かったと考えられる。基本的に、彼らは金融投資の性格を全く理解していなかったのだと驚きを禁じ得ない。

人間誰しも、自分の金でないと、その管理は甘くなるという証左かもしれない。しかし、それでは困る。多くの厚生年金基金は、厚生年金を低く抑えた結果で、両方合わせて、必要な老後資金が確保されるからだ。今回の、AIJ投資顧問の詐欺の様な失敗は、多くの人々の将来の年金生活を損なう。

また別の観点では、金融投資で、過大な成果を求めることも危うい考え方だ。厚生労働省は、5.5%の利回りの確保求めたようだが、利回りは、時代と共に変動すべきものだし、固定的に考えることは、今回のような非常な事態を招きかねない。

現在のように、日銀の政策金利が、ゼロ金利に近い状態である時、どんな頑張っても、せいぜい3%の利回りが上限だろう(*注)。それ以上確保できれば、それに越したことはないが、それはリスクを背負込むことになり、望ましい結果を生まない。特に年金の様な運用資産は、慎重に投資運用する必要がある。

基本的に、金融投資で、そんなに収益を上げられるはずがない。誰も、収益を上げられ続けることはないし、損し続けることもない。そして、トータルでは、あるべきところに落ち着くのだ。もし、想定以上に利益が計上されれば、それは異常なのだ。そう思って、丁度いいぐらいなのだ。金融投資は、打ち出の小づちではないことを、多くの人は再確認する必要がある。

*注

そんなことはありえないという人も多いだろう。私なら、もっと高く運用できると。確かに、海外のファンドで運用すれば、一部は可能かもしれない。しかし、外国に投資する場合には為替に影響されるし、リスク分散は必要だ。投資は、思惑の世界で、トータルでは、そんなに高い収益率を確保することは難しい。基本は、収益率は、日本銀行の政策や政策金利に左右されると考えていた方が堅実だろう。

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